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活動履歴
  こんな活動をしてきました。

■H20年8月9日(土)
●内 容:
1.勉強会
   「老舗酒造メーカーの挑戦」

   
講師:池亀酒造(株)社長・蒲池輝行 氏
2.発表企業
  「多角経営の優良企業・福岡金網工業の事業内容について」

  
発表者:福岡金網工業(株)・山本健重 社長、山本崇裕 副社長

 残暑というより、はや秋が忍び寄っている気配です。
それにしても日課のように1日1回雨が降ります。
お陰でベランダのゴーヤは成長する前に腐ってしまいました。
自家栽培のゴーヤを食べながら酒を呑む−−というシーンを楽しみにしていたのですが・・・。

 酒といえば8月の例会は池亀酒造の蒲池社長に「老舗酒造メーカーの挑戦」と題して話をしてもらいましたが、とても面白く、また勉強になりましたね。
やはり成熟分野で挑戦する話はとても参考になります。
参加できなかった人のために概略を紹介したいと思います。

リストラせずに老舗酒造メーカーを再生

 世の中予期せぬ出来事の方が面白いというのは相場が決まっているようで、会社でも次期社長と目されていた人物が跡を継ぐより、サプライズ人事でトップになった人の方が変革を行うから業績も伸びるものです。
 蒲池社長の場合もある意味このパターンで、同氏は次男でもあり、本来家業を継ぐ予定はなかったようです。
恐らく技術者としてどこかに勤務しながら一生を過ごす人生を思い描いていたのではないでしょうか。
事実、メルシャンに5年、森永醸造に12年、技術者として勤務した時、社長を継いでいた兄が体を壊し、急遽帰って家業を手伝うことに。
そして3年前、6代目社長に就任。

 筑後地方が酒どころというのは昔の話(最盛期には灘、伏見に次ぐ全国3位だったそうです)で、氏が帰郷した頃は造り酒屋も数えるほどになっていたし、日本酒人気は最低といってもいいほどでした。
 実家の池亀酒造も、売り上げに対し明らかに余剰人員を抱えている状態だったようです。
 こういう場合、普通取る手はリストラ人事でしょう。
ところが氏はリストラではなく、仕事量を増やすことで、余剰人員を余剰でなくそうとしたのです。

 新製品を開発することにより仕事量を増やそうとした。
「3年間で12アイテム作りました」
「まず自社の長所とは何か、短所は何かを考えました」
 長所はメルシャン、森永醸造で洋酒から清酒まで広く関わってきたこと。
短所はブランド力、営業力のなさ

 そこで個性的な酒を造り、販売先を限定することで、販売店に営業してもらうことを考えた。
 酒屋というのは気に入った酒はお客さんについ宣伝してくれる「癖」があるからで、そうした口コミ利用である。

 最初に開発したのはブームで売れている焼酎。
ただ2年間長期貯蔵した焼酎にすることで他社との差別化を図った。
その次がリキュール類。
これは振るとゼリーのように固まる梅酒で、「ゼリー梅酒」という名で販売。
手作りということもあり、常に品薄状態で人気商品になっている。

 こういう話を聞きながら、同社の日本酒、梅酒を試飲。
いずれも好評でした。

福岡金網工業の開発部は
わずか4人で年商7億円


 ちょっとほろ酔い気分になりながら、次は福岡金網工業の新規事業の話。
元々は社名が示すように建築金網を扱っていた同社ですが、公共投資が減少し始めた頃、いち早く体質変換を図り、公共事業投資関連ほぼ100%依存型から現在は60%まで縮小。
 取り引きはほぼ現金化し、全国大手ゼネコン以外には手形を受け取らず、支払いも現金に変えています。
 それができたのもバブル期に気を緩めて不動産投資をしたり、変な遊びで金を湯水のように使わなかったからです。
 (余談ですが、山本健重社長は非常に勉強熱心な方で、よくあちこちのセミナー会場でお見受けしていました。よくメモも取られますし、どこの人なのだろうと興味を抱いたのが、その後、私が山本社長とお付き合いをさせていただくようにきっかけです)

 話を聞いていて驚くのは同社の新規事業です。
取り扱い商品も様々で、非常に興味を引く商材もありましたが、なにより驚いたのは同社開発部の売り上げです。
 作った当初は売り上げ7,000万円程度だったのが、3〜4年で7億円にまで持って行っています。
しかも開発部のメンバーはわずか4人。
いかに1人あたりの売上高が高いか分かるでしょう。

 このように、福岡金網工業の新規事業の話はとても興味深かったですね。
今回は大いに勉強になりました。
勝利の女神に後ろ髪はない、という言葉があります。
聞き逃された人は本当に残念でした。

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