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「柳生宗矩殿にお取り次ぎ願いたい。拙者、播磨の国作用の城主赤松二郎判官則村入道の末葉、宮本武蔵守藤原玄信と申す者。一手御教授頂きたい」 武蔵は柳生の門前に立っていた。 「頼もう」の声に応えて現れた男は、武蔵の姿を見ると露骨に嫌な顔をした。 「また貴殿か。何度お見えになられても先生はお会いになられん。当家は将軍家の指南役を仰せつかっている処でござる。そこ許のような浪人者が相手にするような処ではござらん」 「それを聞けばなおのこと。将軍家のご指南役ともあろう方が、まさか拙者のような浪人者に恐れをなしたわけではあるまい。それとも都で扶桑第一の兵法者、吉岡憲法殿を破った拙者の名を聞き臆されたか」 「おのれ、言わせておけば。思い上がりにも程がある。お主の相手などそれがしで十分だ。先生が立ち合われるまでもない。それがしがお相手仕ろう」 兵法者を挑発するのはこの手に限る。誇りばかり高くて実態が伴わない相手程こちらの挑発に乗りやすい。この様子では柳生も噂程ではなさそうだ。これで三度も通った甲斐がある。武蔵はほくそ笑んだ。 その時だった、登城支度をした宗矩が姿を見せたのは。 「当家の兵法は将軍家のための兵法であり、勝ち負けの兵法では御座らん。無論、他流との立ち合いは一切禁じられているし、それがしもお相手するつもりは毛頭ない」 「兵法に将軍家の兵法も勝ち負けの兵法もなかろう。要は勝つこと。強い者が勝つのが兵法の常。さては柳生宗矩ともあろうお方が臆されたか」 武蔵は宗矩を挑発した。が、宗矩は乗ってこない。 「剣には位がある。そこ許の剣は殺人剣、それがしの剣は活人剣で御座る」 そこまで言うと、宗矩は共の者を従えスタスタと出かけてしまった。 「ま、待て……」 武蔵は何か言いかけたが、後の言葉は声にならなかった それから数日後、武蔵は小野次郎右衛門忠明の門前に立っていた。小野次郎右衛門は一刀流の開祖、伊藤一刀斎の弟子であった。性格は直情径行。剣に理屈を付けるのを嫌い、ひたすら技術を磨いていた。その点が宗矩とは異なっている。実戦では宗矩より腕は上というのが巷の噂であった。 武蔵は小野忠明に自分と同じ臭いを感じていた。小野忠明なら相手をしてくれるに違いない。そう感じていた。だが、小野は武蔵の申し込みをにべもなく断った。会おうともしない。そんな馬鹿な。武蔵は焦った。やむなく武蔵は伊藤一刀斎を探した。一刀斎を倒し、小野に立ち合いを受けさせようというのだ。だが、一刀斎は高齢を理由に体よく断ってきた。 何かが違う。武蔵はまたもや不思議な苛立ちに包まれていた。京や大阪では考えられないことだった、兵法者が立ち合いの申し出を断るなど。何か得体の知れないものがこの町を動かしている、としか思えない。それはカオスでもなかった。新しい何かが芽生えつつあるのだ。個々人の行動をも律する何かが。武蔵はまだ、それが新秩序だとは気が付いていなかった。 柳生か小野を倒し将軍家指南役になる、という武蔵の夢はまたもや潰れた。それでも武蔵はしばらく江戸に留まった。動いている「何か」を見届けたいと思ったからだ。見るもの聞くものすべてが新しく、興味を駆り立てもした。格式張ったものはまだなにもなく、侍も、町人も、商人も、誰もが伸び伸びと動いていた。遊女でさえ京の女とは違い、気さくだった。武蔵は江戸で初めて遊びを覚えた。馴染みの遊女もいた。やがてこの町が中心になる。武蔵の鋭い嗅覚は薄々そのことを感じ取っていた。 事実、江戸は急速に動いていた。京や大阪では味わえない、目映いばかりの感覚を伴って。すでに征夷大将軍は徳川家康から秀忠に変わっていた。少しずつではあったが、幕府の内部に新しい勢力も芽生えつつあった。テクノクラートの台頭である。だが、まだ彼らは権力を手中にしてはいなかった。彼らが権力の中枢部に位置するまでには、大阪の陣が終わるまで今少し待たねばならなかった。もちろん武蔵はそのことを知る由もない。ただ、柳生宗矩や小野忠明らは気付いていたと思われる。それが故に、彼らは武蔵との立ち合いを避けたのだった。 武蔵の嗅覚は一方で不安を感じていた。「剣には位がある」と言った宗矩の言葉が頭から離れないのだ。自分の中に不確かなものを感じだしていた。 「兵法とは何か」 孫子の兵法という言葉を江戸で初めて耳にした。武蔵は孫子を知らなかった。儂の兵法と孫子の兵法はどこが違うのだ。柳生の兵法とは。疑問は次から次へと湧いてきては消えた。 けじめをつける時期に来ていた。時代も、武蔵も。表面的な平穏さとは逆に、江戸と大阪の二重権力構造は少しずつ矛盾を膨らませていた。武蔵はいろんなことを知れば知るほど、自分自身の中途半端さが浮き彫りになりつつあった。兵法家としての名声を上げるのか、テクノクラートへ転身するのか。答えが出ないまま、武蔵は小次郎が待つ西国へ向かった。
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