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 冷静さを取り戻すにつれ「専門家会議」の誤りを指摘する専門家も


栗野的視点(No.698)                      2020年7月14日
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冷静さを取り戻すにつれ「専門家会議」の誤りを
指摘する専門家も

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 7月上旬から熊本・鹿児島県に豪雨を降らせた線状降水帯は、その後も同じような場所にとどまり大分・福岡県にも多大な被害をもたらしました。しかも、中旬に入っても梅雨前線は居座ったままで、さらに被害を拡大しています。
 マスメディアは被害の大きな地域のみを取り上げ報道していますが、九州はほぼ全域、各地が何らかの被害に遭っています。

 私自身、過去に岡山県北の実家周辺が豪雨による氾濫で床上浸水被害を受けただけにとても他人事とは思えません。
 被災後の後片付けに追われている時、九州の友人・知人から届いた食料等の支援物資や、心配してくれる電話やメールが届いた時は嬉しく、また勇気づけられたものです。気にかけてくれる人がいるというだけで、どんなに励みになったことか。

 皆さまの安否を心配し、無事を祈るぐらいのことしかできませんが、熱中症等体調にお気を付け、気を丈夫にお持ち下さい。
 状況が落ち着き、話せる時が来れば、近況などお知らせください。

                           栗野 良

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 さてCOVID-19関連です。
ここ数日、東京では感染者集が100人を超える日が続いていますが、社会全般で言えば、当初の慌てふためきはなく、少し落ち着きを取り戻しているようです。そして感染学専門家の見解も当初に比べて2つに分かれてきたようです。
 だが「(No.685):「巣籠もり」作戦は本当に正しいのか、事態を打開できるのか。」で「未知のモノや予期せぬ出来事に遭遇した時、人が取る行動は次のようにパターンに分かれる」と指摘した5段階ではなく、まだ3段階と4段階の中間くらいのようです。
 1.身構えと様子見
 2.右往左往
 3.怯えと軽視
 4.敵対と協調
 5.反転攻勢
 なぜなのか。アメリカ、ブラジルの感染者数、死亡者数が減少に転じないことが1つ。もう1つは東京の感染者数が連日100人を超えていること。3つ目には初期の「警告」があまりにも極端だったことなどが挙げられるでしょう。
 特に「専門会議」の提言はとても科学者とは思えないもので、きちんとしたエビデンスを示さず「人との接触を8割削減」などと唱えて、人々の恐怖を煽ったりした弊害は大きいでしょう。当のご本人は「8割おじさん」などと言われたり、言って悦に入っているようですが、その数値の根拠を示さないのは科学者の態度とはとても言い難い。
 それにノーベル賞受賞の教授までが乗って同調するものだから、権威に弱い人たちは皆信じて右往左往することになる。

 それでも最近は「専門家会議」と異なる見解をメディアも取り上げ始めています。例えば朝日新聞は7月2日の朝刊で宮坂昌之・大阪大学免疫学フロンティア研究センター招聘教授へのインタビュー記事を<「新型コロナで集団免疫はできない」免疫学者の警告>と題して載せています。
 その中で宮坂教授は次のように指摘しています。
「日本のコロナ対策に関する議論には、いくつか大きな誤解がある」
「抗体だけが免疫だと短絡的に考えるのは誤り」で、COVID-19では「集団免疫は獲得できない」と指摘する一方、「自然免疫が強ければ、自然免疫だけで新型コロナウイルスを撃退できる人もいる。ここが完全に見落とされています」と述べ、「一時期言われた、人々の全体の接触率を8割減らすといったマスの対策は必要ないと思います」と。

 また7月11日の朝日新聞朝刊で<ウイルスの実態と合わない対策 過剰な恐怖広げた専門家>という見出しで、国立病院機構仙台医療センターの西村秀一・ウイルスセンター長へのインタビュー記事を載せています。
 その中で西村センター長は「病院と一般社会は分けて考えるべきだ」と言い「ウイルスが現に存在して厳しい感染管理が必要な病院と一般社会では、ウイルスに遭遇する確率が全然違う」にもかかわらず「スーパーでも病院で使っているフェースシールドを着けて」いるが「街中そこかしこでウイルスに遭うようなことはありません」。それなのに過剰とも思える防衛対策が取られているのは「突き詰めて考えると、専門家の責任が大きい」と述べています。
 さらに「ウイルスは細菌より接触感染のリスクがずっと低い。なんでもアルコール消毒をする必要はない」
「確かにプラスチック面では比較的長く生き残るという論文はありますが、それは、面に載せた1万個弱のウイルスが最後の1個まで死ぬのに、3、4日かかったというものです。ただ、そこにある生のデータを細かく見ると、生きているウイルスは最初の1時間でほぼ10分の1に減っています」

 こうした記事を読む限り、ウイルスや感染症の専門家の意見も1つではないと分かります。
 私はどこぞの大統領のような楽観主義者ではありませんし、緊急事態宣言が解除された途端に夜の街に行く蛮勇も持ち合わせていません。6月中旬にある人とレストランで昼食を共にしましたが、その時「久し振りに中洲(福岡の歓楽街)に行きましょうよ」と誘われましたが、はっきりお断りしました。「どうぞお一人で行って下さい。私は行きません」と。
 ただ、エビデンス(根拠)が示されない説を信じて怯えたり、それで人や地域を差別するようなことはしたくないし、そうした風潮を煽る動きには反対だというだけです。その先にキナ臭いものが待っている感じがするから。
 えてして専門家は時の政治に利用されやすい、ということも頭に入れておいた方がいいでしょう。




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