スーパーカブで全国一周をしている青年に会った。


栗野的視点(No.733)                 2021年4月29日
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スーパーカブで全国一周をしている青年に会った。
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 地方をウロウロしていると思わぬものを見つけたり、予期せぬ出来事に遭遇したりすることがある。だから地方は都会と違って、ある意味エキサイティングである。
 特に私の実家がある岡山、鳥取、兵庫の県境は知れば知るほど面白い地方で、つい先日も芝桜公園があることを知った。この地域で芝桜と言えばヤマサ蒲鉾の本社工場(姫路市)敷地内にある「芝桜の小道」が有名で、毎年4月中旬から5月連休明けまで一般に無料開放してくれ、それを楽しみに多くの人が訪れているが、今春は「新型コロナ」の緊急事態再宣言が出されたため、4月25日から中止になった。

 今年、ヤマサ蒲鉾の芝桜を見に行こうと考えていたのでガッカリしていたが、地元、岡山県の西粟倉村に芝桜公園があることを知り、急遽車を走らせた。
 といっても私が居るところから30分かかるか、かからないかという距離で、そんな近くに芝桜を植えている場所があることを知らなかったのは不明の至りだが、芝桜は広島県世羅高原か兵庫県と思い込んでいて、岡山県、それもこんな近くの村に芝桜が咲いている場所があるなどとは思いもしなかったので端から岡山県で検索にもかけなかった。
 村にある芝桜公園と聞いて、人はどの程度のものを想像するだろうか。もっとはっきり言えば、わざわざ行くに値するような景色が見られると思うだろうか。恐らく「ノー」と考える人が大半ではないだろうか。
 それは芝桜公園の写真を見て各人が考えて欲しいが、「地方は面白い」と私は考え、それが頻繁に田舎に帰省している理由の一つでもある。

 それはさておき、その日の夕方、郊外のスーパーに買い物に行った帰り、電話をかけに私の町の駅に寄った時のことである。公衆電話ボックス横に車を止め、降りようとした時、横の駐輪場から出ようとしていたバイクが目に付いた。バイクの後ろ荷台に「カブで全国一周」と書かれていたのが目に入ったのだ。
「ちょっと! バイクの後ろに書いているのは本当?」
「えっ、なんですか」
「全国一周って書いているけど、今、全国一周の途中?」
「はい、そうです」
 突然声をかけられたにもかかわらず、実直そうな青年は笑顔でそう答えた。
「そうなんだ。スーパーカブで全国一周というのはTVで見たことはあるけど、まさかこういう場所で会うとはね。どこから来て、これからどこに向かうの?」



「福井を出発して姫路に向かいます」との返事に少しガッカリした。
それでは日本一周ではないではないかと思ったからだ。
「九州は行ったの?」
「はい、九州も北海道も行きました」
「ぼくは九州から来ているけど、九州はどこどこへ行った?」
「関門を渡って大分方面に行き・・・」
「ああ、それなら宮崎を通って鹿児島、熊本と登っていくコースか」
「はい、八女も行きた。五島列島も行きました」
「えっ、五島に行ったの! よく行ったね」
「五島はいいところでしたよ」

 歳の頃は30前。背が低いこともあり若く見えるが20代なのは間違いなかった。
それでますます興味が湧き、仕事は何をしているのか、出身はどこなのか、宿泊はどうしているのかなどと次々と尋ねた。
 何年か前にもこの近くで停車している軽トラックをキャンピングカーに改造し、日本を一周している車を見て話しかけたり、岡山駅ではサイクリング自転車を組み立てている人を見つけて話しかけたことがあったが、自分の中に気ままに各地を旅して回りたいという欲求があるのかもしれない。
 彼らは2人共、中高年だったがバイク旅の若者に出会ったのは初めてだった。

「1年前に仕事を辞めて日本一周の旅に出ました。出身は福井で、福井にはばあちゃんがいるので、この後帰ってばあちゃんのところで宿泊所をしながら農業をします」
「そう、今は地方の方がいいでしょ。どこでもインターネットに繋がるから、地方でも仕事はできるしね」

 旅の経験を生かして宿泊所を運営するのかと思ったが、彼の口振りからは祖母がすでに宿泊所をやっていて、それを手伝わなければいけない事情があるような感じを受けた。
「ダメだったら、東京に友達もいるから、ネットで連絡して仕事をしようかとも思っています」

 もしかすると祖母の仕事を手伝うために退職し、区切りをつけるための全国一周旅なのかも分からない。
 いつも思うだけで一向に踏ん切れずズルズルと歳だけを重ねている私とは大違いで、行動に移した人達をいつも羨ましく思っている。私にとってはその代わりが故郷の田舎暮らしなのかもしれない。

「今日はどこで泊まる? 姫路まで行く?」
「このすぐ近くに○○農園という所があるらしく、そこを友達になった人から紹介されたので行ってみようかと思っています」
「じゃあ、今日はそこで泊まるのだ」
「泊まるかどうかは会ってみてから決めます」
「そうだね。合う、合わないというのもあるし、会ってみないと互いに分からないからね」
「ええ、でも紹介してくれた人がかなり親しいみたいで、大丈夫だとは思うんですけど」

 紹介されて彼が今夜宿泊することになるであろう場所は私の家のすぐ近く、ウォーキングコース途中にある部落だった。
 彼の名前も聞かずに別れた後で「そうだ、家に泊めてやってもよかったんだ」と気づいたが後の祭り。だが、こちらの名刺を渡していたから、もし農園に泊まれなければ連絡があるかもな、と自分を納得させた。

 それにしても、この駅はドラマが生まれる(私にとって)場所だ。何年か前の12月下旬の雪の午後に、帰省して列車から降りると、岡山の地元局TVから取材されたし、今回はスーパーカブに乗って全国一周している青年と出会った。どちらも予期せぬことだったが、地方をウロウロしていると、こうしたことがあるから面白い。



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