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福岡型ベンチャーインキューベーションを創造しよう。

天神に相次ぎオープンする
インキュベート施設

 第3次ベンチャーブームも7年目を迎え、全国的にはすでに退潮期に入った感もあるが、福岡は少し違った動きを見せている。今秋までに天神・博多駅近辺にベンチャーインキューベート施設が4つもオープンするからだ。
 1つはibb fukuokaビルで、不動産業の広田商事が天神2丁目に保有している6階建てビルの3、4階部分をベンチャー企業(VB)に提供する。対象は「資本金1,000万円程度の株式公開の意志のある企業」で、家賃は相場の3分の1程度と非常に安く設定している。その代わりに発行済株式の5%以内で広田商事が出資するのを入居の条件にしている。入居期間は最長で2年。それ以降の更新は一切なし。「2年もすれば手狭になり、もっと広いところに移りたくなるはずです」と広田稔社長は入居VBが早めに巣立つことを期待している。
 1ルームの広さは約33u。ビル内にサーバーを設置し、各部屋に1.5メガの専用線を敷き、LANが構築できるように環境を整えている。今後のビジネスに通信環境の整備は欠かせないと見ているからだ。
 さらに同ビル5階に公認会計士ほかのサポート機関を入居させ、入居VBの経営相談・指導にあたるようにしている。
 もう1つは都築学園が購入した岩田屋新館跡で、こちらはネット系VBに無料で提供する。家賃無料とはいえ、必要な通信設備やコンピューターは設置するというから、こちらも条件はかなりいい。詳細は不明だが、入居に当たって資本金等の規定はないようだ。それどころか「起業のめどが立てば、ベンチャーキャピタルと学園が支援し、会社として立ち上げ」るとあるから、文字通り企業として孵化するのを助ける場とするようだ。


民間に比べ見劣りする市の施設
だが、無から有を生む可能性も

 以上2つは民間のベンチャー支援施設だが、3つ目は福岡市のインキューベート施設である。博多区御供所と早良区百道浜の2カ所に開設するが、後者は百道浜のインテリジェントビル、福岡SRPセンタービル内である。大部屋をローパーティションで6ブースに区分して貸し出す。1ブースの広さは20u。冷暖房完備で24時間使用OK。もちろん通信環境は整備されている。家賃は1ブースあたり2万4,000円と格安だ。
 もう1カ所は御供所で、こちらは廃校になった御供所小学校跡の校舎をそのまま活用してVBに貸し出そうというものだ。ただ、教室1室を1社で丸ごと使うことを原則にしている。冷暖房設備はなし。通信環境はないに等しいし、電気設備も1教室に天井灯4灯、コンセント4カ所とあまりにも貧弱過ぎる。
 市の同じインキュベート施設なのに両者の施設内容にはあまりにも差がありすぎる。少なくともIT関連VBなら百道浜のSRPビルの方を選ぶに違いない。御供所の方はあまりに条件が悪すぎる。広すぎるスペースはかえって使い勝手が悪いし、セキュリティ面で不安もある。第一、VBといえども、いまどき冷暖房設備もない施設で仕事をしたいと望むだろうか。いくら1教室1万円と家賃が安くても。むしろ、少しぐらい家賃が高くても、快適な環境下の方が生産性が上がるという考え方もあるだろう。なにより通信環境の整備が不十分なのは致命的な弱点である。こう考えると、果たして「インキュベートプラザ御供所」(市の命名による正式名称)へ入居する応募者がいるかどうかさえ危うくなる。にもかかわらず、市は入居VBに関して、ただ家賃が安いだけで入居したいと思われると困る、と注文を付けるのだ。
 しかし、考えようによっては御供所の方がおもしろいともいえる。なにもないということは、すべてが手に入る可能性がある、ということであり、なにもないから様々な知恵を出せるわけだ。入居する側も、彼ら入居者をサポートする側も、知恵の絞りがいがあるというものだ。


公設民営とは響きがいいが
予算も知恵もないから民任せ?

 人も植物も同じで、過保護に育てればひ弱になり、風にちょっと吹かれただけですぐ倒れる。そうさせないためにも、おんぶに抱っこの過保護政策ではなく、厳しい環境下に置き育てるのはいいことである。しかし、それは厳しい場所を与えればそれでいいということと同義語ではない。箸の上げ下げまでは教えないが、インキュベートとネーミングするからには、「卵が雛にかえる」最低限の条件は整えてやる必要があるだろう。人工孵化器に入れて無理に「卵を雛にかえす」必要はないが、「卵が雛にかえる」のを“援ける”手だてはしておく必要はある。それが支援ということではないだろうか。
 ところで、今回の「御供所」に関する市の取り組みは、従来のやり方をうち破る画期的なものであった。過去、行政の取り組みといえば、現場を無視して自分達のやり方を押し付ける(?)ため不評を買うことが多かったが、今回は「民間のノウハウを活用した公設民営でいきたい」という姿勢を当初から打ち出していた点が画期的だった。
 そうした点に共鳴して、「リエゾン九州」など民間のNPO的団体の中には「勝手連」的に何度も会合を開き、運営に関するさまざまな知恵とノウハウを提供しようとした組織もあった。
 しかし、「公設民営」というのは、公は建物だけを提供して、後は運営資金から入居VBの相談・サポートまで、いわばなにからなにまですべて民間に任せるということではないはずだ。ところが予算は出ない、知恵も出ない、となれば、この事業そのものの計画性や理念、目指すところさえ疑いたくなる。
 実際、この事業で市が用意した予算は約2,600万円。その内、配電盤の取り付けその他の電気工事に約1,000万円、駐車場の造成や清掃管理その他に約1,000万円を充て、実際の運営費とでもいえるものは約200万円程度しかない。この200万円は半期の予算だとはいえ、あまりに少なすぎるのは誰の目にも明らかだ。これでは市の言うインキュベートとは「箱貸し」かと揶揄されても仕方がないだろう。


民の手法を大胆に取り入れ
幅広い支援活動の展開を

 しかし、予算が少なければ少ないで方法がまったくないわけではない。仮にこういう場合、民間企業ならどうするか考えてみよう。
 まず、施設を維持するために必要な経費を算出する。
 2.このプロジェクトを執行する総プロデューサーを任命し、その人に実行面での全権を与える。ただし、権限は与えるが、責任は与えない。責任まで与えられる(取らせられる)と、失敗を恐れて大胆な手が打てなくなり、結果としてそのプロジェクトは失敗する。あくまで責任を取るのはトップの役目だ。
 3.入居VBをサポートするために最低限必要な年間の行動計画を立てる。
 4.行動計画を実行するための必要経費を算出する。
 5.社を上げて取り組む体制を築く。
 6.その体制づくりができれば、各事業部に資金的、人的、さらには物的な協力を要請する。
 7.外部にも協力を要請し、一種のお祭り騒ぎにする。ここではいかに周囲の人を巻き込んでいけるかが、このプロジェクトの成否につながる。
 大体このような形になると思われる。こうした手法を「御供所」にも大胆に取り入れるべきだろう。
 市がまずしなければならないのは知恵を絞ってそれぞれの部・課から資金を集めることだ。次に総合プロデューサーを決定し、業務委託をすること。これはあくまでも契約に基づいた業務委託であり、責任委託ではない。その辺りの認識が市の方に乏しいような感じを受ける。
 あとは結果を出すために何をすればいいかを考えればいい。そうすれば無から有を生み出すこともあながち不可能ではないだろう。


「御供所」の特徴はベンチャー長屋
人を引き付け、活性化する磁場に

 「御供所」を一言で表現すれば「長屋」である。もともと小学校の教室というハードも長屋的だが、廊下を歩く人の声も聞こえるし、姿も見えるなど、「御供所」は長屋そのものだ。ここに厳密な意味でのプライバシーやセキュリティーを求めても無理だろう。その代わりに、入居者同士、あるいは入居者と地域住民、入居者とサポートする側、さらには見物者や外来者を含め、現在では忘れ去られたワイワイガヤガヤの人付き合いがある。この人と人の付き合いの中から、新しいアイデアやビジネスのヒントが生まれる可能性もあるだろうし、むしろ積極的にそうした触媒の役目を果たすことが「御供所」という場に求められている。
 ここまでの考え方は市の担当者レベルでも比較的早くからあったと思われる。ところが、その後、天神に民間のインキュベート施設が次々とオープンしようとしているにもかかわらず、市のインキュベート施設に関する情報がきちんと伝わってこないのか。
 一つには市に運営段階での明確なイメージがなかった点が挙げられる。次に、この事業が3年に及ぶプロジェクトだと言いながら、次年度以降の運営計画をイメージできてなかったと思われる。こうした点が各組織に市の「覚悟」を疑わせる結果になり、積極的に関与するのを妨げたのではないかと思われる。結局、積極的に運営面での協力を申し出たのは「リエゾン九州」を中心とする民間の任意団体だけだったようだ。


市民1人1人がベンチャーに投資する
市民バンク・ファンドの設立を

 そうした事情はさておき、「御供所」に行けば誰かが居る、何かがある、そんな人を引き付ける磁場に「御供所」をするにはどうすればいいのか。以下に、筆者なりの考えを提示してみたい。
 1.「御供所ベンチャー長屋」の運営を3年近く支えるためには市民を巻き込んだ広範囲な活動にする必要がある。
 2.そのために支援団体・個人を幅広く呼び掛けるだけでなく、運営に関するアイデアも幅広く募集する。
 3.地域住民にも参加を呼び掛け、「御供所ベンチャー長屋」を博多部の活性化につなげる息の長い活動にする。
 4.市民バンクあるいは市民ファンドを設立し、ベンチャーへの資金にする。初期段階のVBにとって最大の問題は資金である。ところが銀行は担保を持たないVBに資金を融資しようとはしないし、ベンチャーキャピタルも上場が近いVBには投資するが、初期段階のVBに対してはなかなか投資しない。そこで市民1人1人に呼び掛け、小口資金を集め、その資金をVBに回す方法を提案したい。
 ただし、投資先を明確にして集める。例えれば馬券購入の感覚で各VBに投資してもらうわけだ。当然、たくさんの資金が集まるVBもあれば、ほとんど資金が集まらないVBも出てくるはず。多く集めようとすれば事業内容を投資家(この場合は市民)にしっかり説明しなければならない。自分に投資すればいかに有利かということを、当のVB自身が説明するわけだ。
 これは表現を変えればVBのディスクローズ(事業内容の開示)である。VBに対しては、投資家を前にした、このディスクローズを定期的に行うことを義務づける。そのため投資家にすれば、自分が投資した相手先VBの仕事内容や進み具合を常に把握できるわけで、自ずと関心が高まってくるはずだ。なかにはアドバイスをしたり、仕事の一部を手伝う人も出てくるかも分からない。当然、PRもするだろう。言うなればファンづくりであり、市民によるベンチャーの育成という幅広い活動になると思われる。
 こうした活動ができたとき、初めて「福岡型のベンチャーインキュベート施設」として高く評価されるに違いないし、ぜひともそうしたいものだと願っている。あとは1人1人の自主的な参加を望みたい。


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