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リファイン建築で既存の建築物に新たな生命を吹き込んだ男

 リファイン建築ーー。青木茂は自らが産み出した建築工法をこう表現する。この言葉の中には単なる増改築やリサイクルではなく、建築物に新しい生命を吹き込み、より洗練された、まったく新しい建築物として甦らせるのだという彼の自負心と、建築家としてのプライドが込められている。
 この工法のメリットは建築コストが新築と比較して60ー70%に抑えられるばかりでなく、いまや地球環境にとって重要な問題になりつつある建設廃材を80%も減少できること。現在、公共施設を中心に各方面で注目されている。


B級建築物を一級品に変えるリファイン建築
  〜〜低コスト、短工期〜〜

 青木茂が手がけたリファイン建築で最も新しい建築物はこの5月16日に完成した福岡県八女市の「八女多世代交流館」である。もとは1973年に建設された八女老人福祉センターで、すでに築後28年たっていた。四角いコンクリートの箱を積み重ねたような鉄筋コンクリート二階建ての建物は見るからに古くさく、暗いイメージさえ漂っている。それを子供たちの交流や子育て支援の場も設けた、多世代交流施設に建て替えたい、というのが八女市の意向だった。ただ、こういう時勢である。地方自治体の財政事情も厳しさを増している。そこで1年前の5月16日に、増改築工事の設計コンペが実施された。コンペには大手も含め五社が参加。その中で建築コストが安く、工期も短いことなどから青木が提唱するリファイン建築が選ばれたのだ。
 「リファイン(refine)」とは、「洗練する」とか「磨きをかける」という意味であり、広い意味で再生建築の一部である。だが、青木が再生とかリフォームといわず、リファインというのは、機能性や経済性だけではなく、元の建物以上に洗練された建築物にしているという強烈な自負心があるからだ。青木の次の言葉がそのことを端的に示している。
 「再生とかリユースといえば古い物を再利用するというイメージがある。これでは未来が見えない。今以上にきれいになるというイメージがない。そうではなく、新しい機能や要素を付加することで、より洗練された、新しい生命を建築物に吹き込んでいくのがリファイン建築だ」
 ついでに再生建築について少し触れておくと、ここ数年、建築家の間で歴史的な建築物の再生がテーマになりつつある。いままで創るということにばかり目が向いていた建築家たちが、役目を終えた建築物の終わり方について考え始めたのである。旧長崎市水族館の保存再生問題をきっかけに、昨年2月「建築再生デザイン会議」が発足したのがその現れである。その年の5月に第1回長崎会議が、そして今年5月には第3回福岡会議が開催されている。この会議では1回目から青木の手法が注目され、彼自身も発表者となり自らのリファイン建築について説明している。
 だが、こうした再生建築の動きと青木のリファイン建築が決定的に異なるのは、前者が文化財的な建築物の保存再生を目的に動いているのに対し、青木は「どこにでもあるような」建築物を対象にしている点である。だが、世の中に存在する99%の建築物はそんな建築物だ。であるが故に、青木自身の言葉を借りれば「B級品を一級品にする醍醐味」がリファイン建築にはあるといえる。


建設コストは3分の2

 では、青木は実際に八女市老人福祉センターをどのようにリファインしたのか。
 まず、既存部分は一度解体し、徹底的に軽量化を図っている。このことは後述するが、この軽量化がリファイン建築では重要な意味を持っている。
 具体的には屋根スラブシンダーコンクリートの撤去、RC庇の撤去、RCラーメン以外の構造上不要なRC壁の撤去、屋上ボイラー煙突の撤去を行い、ほとんど構造体だけにしている。その上で、構造計算を行い耐震補強として一階部分にRC耐力壁を増強するなどしている。
 外観やエントランスなど建物の顔の部分には「お茶どころ八女のイメージを出すようにした」と青木が言うように、屏風をイメージした外壁を取り入れ、和紙や木の内装を多用している。北側になるエントランスホールはトップライトを設けて明かるくし、ホール天井には木製ルーバーを取り入れている。
 延床面積は既存部分が818.94平方メートル、増築部分が547.68平方メートルで総床面積1,366.62平方メートル。建設コストは約2億円。全面改築した場合の約3分の2だ。さらに建設廃材を80%も削減しているのも大きな特徴である。
 このように低コストに抑えられるのは既存のものが使えるからではない。むしろ「一般的には新築の方が安くつくと思われている」と青木自身こぼすように、従来の業界の常識を破った様々な工夫がなされて初めて、ここまでのコストダウンも可能になったのだが、そのことは後述する。


ヨーロッパの古城美術館が
リファイン建築のきっかけ

 青木がリファイン建築に取り組んでからすでに14年になる。その間に様々な問題にぶつかりながら、一つひとつ改善・改良を加えてきたが、そもそもリファイン建築を考え出すきっかけになったのは「20年前、32歳の時にイタリアに行って、ヴェローナーでカステルヴェッキオという、城を美術館にしているのを見て」からだと言う。
 カステルヴェッキオ美術館は、ロミオとジュリエットの悲恋物語の舞台になったスカリジェロ城を美術館に再生したものだからご存じの人も多いだろう。外壁等にはほとんど手を加えず原形を残すことを心がけ、内部の改装も最小限にとどめられている。
 「建築は1から10まで作るんではなく、2とか3を作るだけで非常にエレガントな建築ができるということを発見したし、建築とは時間を越えて作ることができるということを学んだ」
 この時受けた印象を青木はこう振り返る。既存建築物の破壊の上に新しい建築物をつくる日本の建築とは違うものを発見したのだった。いつかは自分もそんな建築を、とその時心に誓ったのに違いない。
 最初のチャンスが訪れたのはそれから8年後だった。
 大分県鶴見町の旧海軍防備衛所跡を博物館へと用途変更する改修依頼だった。現在は「富永一郎マンガ記念館」として利用されているが、当初は展示内容もはっきりしていない状態での改修だった。そのため外観はほとんど手を加えず、内部の改修も最小限にとどめるなど、カステルヴェッキオ美術館の影響が色濃く残っていた。そういえば城と軍事施設と、両者は建造物の堅牢さなど似通った点も多かった。


後のメンテナンスのことを考え、新旧の建物を
分離して増築する新しい手法を確立


 次に手がけたのが大分県別府市のアートホテル石松。前回の旧海軍防備衛所跡の改修工事から4年後である。
 古くなった旧館を全面改修し、新たに宴会場と客室を備えた鉄筋コンクリート造り5階建ての新館を増築し、新館と旧館を結ぶホールを新設することにしたが、ここで青木はユニークな方法を採用した。既存部分と新築部分を離して建設したのだ。
 これは彼自身「大きな冒険だった」と言うように、一般的な増築工事では考えられない手法だった。既存部分と増築部分は結合させるのが当時の一般常識である。それをあえて離して建設したのだ。
 実は、2つの建物を離したのには理由があった。旧館の各棟が建てられた時期が違うため、メンテナンスの時期も異なってくることを考慮したのだ。つまりメンテナンスのしやすさを考えて、2つの建物を離したのだった。そして旧館と新館の間にできた空間に屋根をかけ、一体感を持たしている。しかも屋根は増築した新館には結合しているが旧館には荷重がかからないように独立した柱で支えるように工夫した。
 このように2つの建物を離して建設し、それに屋根をかける手法は、八女多世代交流館でも採用されているが、この時以降、青木のリファイン建築の中心的な柱となっていく。


建て替えも半分ずつ
少予算向きと歓迎

 1995年には緒方町庁舎をリファインしている。この時はコンペだったが、青木事務所の設計案が採用された。既存の建物は残して改修し、約7メートル離れた場所に新しい庁舎を増築し、2つの建物に屋根をかけることで3層吹き抜けのアトリウムを設けるという提案が評価されたのだ。
 この時はアートホテル石松での経験が生かされた。予算がない中での苦肉の策といえるかもしれないが、新旧の建物を完全分離して建設すれば、後に建て替え寿命が来た時でも半分ずつの支出で済むというメリットがある。もちろん、この時も既存部分の建物には荷重をかけないように設計している。
 当時の町長は「リニューアルという方法を取りながら、実に斬新で役場らしくなかった」と振り返っているように、コストはもちろんだが、デザイン性が高く評価されている。
 他の建築物でもそうだが、青木の評価の一つに斬新なデザインという部分がある。この後の宇目町庁舎も青木の設計案には女性審査員が高い評価を与えており、決して経済性優先で選ばれているのではないことが分かる。


フレーム状の建築物をイメージ
  〜〜軽量化が問題を解決〜〜

 宇目町庁舎の改造は予算が厳しい上に、施行過程で様々な困難にぶつかるなど難しい現場だったが、そのことが逆に多くのことを青木にもたらしもした。
 まず、もともと林業研修宿泊施設だった建物を庁舎に改造するため、使い勝手の面からも既存部分に大幅に手を加えなければならなかった。そのことが新築部分にかけるコストを制約した。
 だが、なにより問題だったのは積載荷重の違いである。もとは研修宿泊施設だから住宅の居室用積載重量で設計されている。それを役場に用途変更するわけだから、今度は事務所用積載重量が適用される。積載荷重が軽くなる分は問題ないが、逆に重くなると現行の耐震設計法により構造設計をやり直さなければならない。
 「自重が重いほど地震時の揺れに対する負担力が大きくなるため、既存建築物の自重を削ることを考えた。それもとことん削ってみたらどうなるんだろうと考えた」
 徹底的に削ると20%減ることが分かった。具体的には屋根スラブの押さえコンクリートの撤去や不要な間仕切りなどを徹底的に省いていったのだ。その結果を基に構造設計をやり直してもらうと、「これはものすごく効果があるというから、よし、じゃあ、それでいこう」ということになった。
 実はこの軽量化がイメージできるかどうかが青木と他の建築家の違いではないかと思える。一般的に軽量化といえば省く作業である。つまり引き算だ。ところが青木のイメージは足し算に近いのだ。
 「ぼくは新築の建物で、基礎工事が終わり鉄骨が建てられ、梁がかかって、床張りができている状態をイメージした」
 と言う。つまり彼はイメージの中で建築物を新築していき、ある段階でストップさせて考えたのだ。これは明らかに足し算である。解体してフレーム状になったものをイメージできるかどうか。この違いは非常に大きいといえる。



既存システムに対する挑戦が生んだコストダウン
 リファイン用に建築部品を開発も


 「苦労した現場ほどいいものができている」と青木は言う。それは様々な工夫をしていくからで、その工夫・改善が後に役立っているからだ。
 リファイン建築の大きな柱が低コストであるのは間違いない。だが、それを可能にしたのは「施工段階で数々の部品を開発」してきたからだ。
 では、具体的にどのような部品が開発されてきたのか。サッシやドア枠や数々のジョイント部分の部品だと言う。
 工場で大量生産されるサッシとリファイン建築用に開発されたサッシでは、一般的に考えれば前者の方が安いはず。なぜ、特注品に近いサッシが安くなるのか。筆者ならずとも興味があるだろう。それは青木によれば次のような理由からである。
 「サッシの作り方を変えればいいんで難しいことではない。型押しをする方法で作ればいいんだ。その方法を鉄工所に教えて、いくらで作れるかと聞いたら3分の1でできると言う。それでサッシメーカーに、鉄工所が3分の1で出来ると言うからもう頼まないと言うと、いや、うちで作りますと言った」
 結果、サッシの価格は3分の1にコストダウンできたのだ。ドア枠もほとんど「うちで開発している」と言う。ドア枠は一般的に木で作る。それをスチールにしたのだ。その結果、大工職人が不要になった。大工職人は日当いくらだが、鉄はトンいくらだからコストは比べようもなく下がる。こうした見直しを一つひとつ行っているのだ。それでもまだ10%程度の部品しか見直してないと言う。建築は部品点数が多いから、むしろこれからまだまだリファイン建築のコストは下がりそうだ。
 この青木のチャレンジ精神は一体どこから来るのか。
 「ぼくは建設の世界のコストとかシステムに対する疑いがあった」と言う。
 「例えば車は昔、家一軒と言われた。いま車の最高車種は1,000万円。ところが1,000万円の家なんてない。それだけ住宅の価格は上がって、車は下がってきているわけで、それを可能にしたのはものすごい技術進歩だ。携帯電話は昔20万円もしていた。それがいまはどうだ。結局、モノとシステムの違いだと思った。それなのに建築では誰もそういう疑いを持ってない」
 と憤慨する。


新築と比較して70%以下

 リファイン建築にとって新築コストの「70%を切ることが非常に重要」だと青木は考えている。それは「どんな金持ちでも60%ならほぼ無条件で買うでしょう」と笑う。
 この数年、施主にコスト意識が非常に強くなっているだけに、リファイン建築の注目度は高い。現在は公共施設の建築が大半だが、「本当は民間の建築物に利用して欲しい」と言う。
 「例えばリファインで集合住宅を建てて、コストが下がった分、家賃を下げれば入居率も上がる。そういう利用の仕方を考えて欲しい」
 とアドバイスする。
                                        (文中敬称略)

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