|  伊勢丹が北九州市小倉から撤退する方針を固めた。背景にデパート業界の再編成があるとはいえ、もともと伊勢丹の進出はあまり勝算がなかった。
 にもかかわらず、2000年に閉店した小倉そごう跡に出店したのはなぜ、ということだが、ひと言でいえば地元経済界のたっての頼みを受け、渋々出店したということだろう。一度は玉屋デパートとの共同出店を持ちかけられ断っていることからも明らかだ。
 それを最終的に出店に動かせたのは安い賃料。もし、景気がよくなればボロ儲けという「皮算用」も働いたかもしれない。
 しかし、「皮算用」通りにはいかなかった。政府の統計数字上は全国的な好景気が続いているこの国も地方経済はずっと悪いままで、消費は一向に上向かなかった。
 04年2月に開業したものの以来ずっと営業不振のままだ。
 しかも、02年2月に福岡市の老舗デパート岩田屋の実質破綻を受けて伊勢丹が経営再建に乗り込んできたが、こちらの方はその後も何かとマスコミにも取り上げられるなど話題になったが、小倉伊勢丹の方はほとんど話題になることもなかった。
 
 伊勢丹の小倉出店が戦略的に失敗だというのは、当時すでに北九州市の若者は福岡市にショッピングに行くことが各種調査でも明らかになっていたからである。
 さらにいうなら、北九州市の人口が実質100万人を切っており、そのような地域でデパートが2つ3つ並び立たないというのも常識的認識だった。
 
 問題は小倉伊勢丹撤退の後どうなるのかということだ。
 実は小倉伊勢丹の資本は伊勢丹70%、地元の井筒屋30%という関係になっている。
 なぜ、井筒屋が小倉伊勢丹に出資しているのかということだが、これは井筒屋の「保険」である。
 そごうが北九州に進出した時、井筒屋は大打撃を受け、売り上げは下降曲線を描いていた。ところが、そごう撤退で再び上昇に転じていたのだ。
 このことからも分かるように北九州地区のキャパシティは限られており、現在の経済情勢下では2デパートが並立するのは難しい。
 
 そごうで懲りた井筒屋は体質強化のために伊勢丹と組み、伊勢丹のシステムを導入するなど一部で業務提携をした。
 当時、伊勢丹進出の噂があったので、井筒屋上層部に取材し、伊勢丹が進出したらどう闘うのかと質したが、表向きは「業務提携しているし、伊勢丹の進出はないと信じている」という話だった。それでもなお突っ込むと「やりにくい」と本音がチラリと覗いたのを覚えている。
 「昨日の味方が今日の敵になる」のだから、こんなやりにくいことはないだろう。
 井筒屋としてはそうならないことを望んでいたが、実際にそうなった時に取った戦略は資本参加だった。ライバルではなく友好関係を築きながら共存する道を探ったわけだ。
 しかし、そんな方法が通用するほど現在の小売業界は甘くはない。そのことは昨日までライバルだった三越と伊勢丹が経営統合に動いたことでも分かるはず。
 
 井筒屋が防ぎたかったのは敵対的なライバルデパートの出店である。
 本音のところでは伊勢丹にも出店して欲しくなかったのだろうが、同じ出店してくるなら友好関係にある伊勢丹の方がまだましと思ったに違いない。
 そこで、この友好関係が維持されることを望み、30%の資本参加という「保険」をかけたのだ。
 
 だが、伊勢丹撤退で振り出し(そごう撤退時)に戻った。
 現在デパート業界では大手全国デパートの地方進出が続き、地方デパートの単独生き残りは難しくなりつつある。
 それだけに井筒屋が最も恐れるのは伊勢丹撤退跡に大手全国デパートが出店してくることだ。
 それを防ぐには自らが出店するほかない。
 
 実際、井筒屋に残された方法は2つしかない。
 1.伊勢丹撤退とともに井筒屋も小倉伊勢丹から撤退する。
 2.伊勢丹撤退跡にライバルデパートが出店するのを防ぐため、井筒屋が防衛的出店をする。
 井筒屋の本心は「1」の選択肢だろう。
 井筒屋本店と小倉伊勢丹とはわずか300mしか離れていない。その距離に2つも店舗を持つのはどう考えても合理的ではない。店舗が倍になっても売り上げが倍になるわけではない。せいぜい1.5倍というところだろう。これでは出店する方がムダである。にもかかわらず伊勢丹撤退跡に出店せざるを得ないところに井筒屋の苦渋の選択がある。
 つまり今回の出店決定は攻撃戦略ではなく防衛戦略である。
 出るも地獄、残るも地獄の状況の中でどちらかを選択せざるを得なかったわけで、展望なき出店といってもよい。
 となると結果はいずれ見えているが、その前に現本店をどうするかという問題がある。
 
 まず現在進めている本店の改装計画を中断した。
 次は現本店か小倉駅前か、どちらをデパートにするかだろう。
 どちらかは業態変更をせざるを得ない。
 思い切って駅前に本店を移すという選択肢もある。
 その場合、現本店店舗をどうするか。
 こちらは複合ビルにして、下層階を店舗、上層階は事務所ビルという形態が考えられる。
 こうすれば本店ビルの採算は充分取れるだろう。
 問題は駅前を本店にした場合の売り上げだ。
 現在でも集客力が悪いから、仮に井筒屋が全面移転したからといって集客力がアップするとは思えない。
 
 では、井筒屋本店は現在地で継続営業し、駅前の小倉伊勢丹跡を業態変更するか。
 商業の中心地が駅前にないという現状を考慮すれば、この案の方がベターと思われる。
 ただ業態変更するにしても図体が大きすぎる(スペースが広すぎる)。
 これだけのスペースを物販で埋めるのは難しい。
 となると、最も現実的な考え方は物販面積を減らし、事務所ビルとの複合ビルに改装することだ。
 この場合は建物の管理会社との合意が必要になる。
 それを地元経済界を含め管理会社が認めるかどうか。
 その場合の改装費はどちらが持つのか等々、これから解決していかなければならない問題が山積みである。
 いずれにしろ井筒屋は今後自らの経営母体さえも揺るがしかねない難しい選択をしたことになり、今後の経営舵取りいかんでは一気に失速ということにもなりかねない。
 
 
 |