Google

 


へそ曲がり交友録(1)−−記憶力のよさで人の心まで掴む人


 人脈の作り方は人それぞれだろう。
1日あるいは1週間に何人の人と会うと決めて、それを実行する人もいれば、出会った人に必ず携帯電話の番号を聞くように心掛けている人もいる。
鉄は熱いうちに打てとばかりに、翌日すぐお礼の電話をかけたり、挨拶がてらに出向いていく人や、丁寧に礼状を出す人もいる。
 人によってそれぞれ方法は異なるが、これらの人に共通しているのはこまめさだろう。
人に会うのも、会った後何らかのアクションを起こすのさえ億劫がるようでは、人脈どころか人付き合いそのものができないに違いない。

 このほかにも非常に特異な能力故に数多くの人脈を持っている人がいる。
例えば元ダイエー副社長の平山敞氏は人の名前を覚える名人のようだ。
名前だけではない。その人が何をしているとか、趣味や家族環境まで実に細かく覚えているらしい。
 これは元ユニード・ダイエー時代の部下から聞いた話だが、平山さんはパートの女性に至るまでほぼ全員社員の名前、家庭環境を覚えていて、会った時に「そういえばお嬢ちゃん、どうしてる。今年小学校3年だろ」などという話をするそうだ。
 この人にあったらこれを言ってやろうと事前にネタを仕入れて喋るわけではなく、まるでデータベースのように頭の中に全員のデータが入っているみたいだ。

 私自身、平山さんのそうした能力を直接経験したことがあった。
当時、彼がトリアス久山オープンに向けて動いている頃だったが、一度電話をしたことがある。
「平山さん、栗野です。覚えていらっしゃらないと思いますが・・・」
 と言いかけると、皆まで言い終わらないうちに
「えっ、栗野さん。あの栗野さん。お久し振りですね。お元気ですか。まだあのお仕事、書くお仕事をされてますか。一度お会いしたいですね。どうです、お見えになりませんか」
 と、ここまで一気に喋り、私に口を挟む時間さえ与えなかった。
 その時、私は博多駅前の彼の事務所の前から電話していたのだが、受話器を置いて感心しながらも、すぐ事務所にお邪魔したのは言うまでもない。

 私が感心したのは
1.記憶力のよさ。
 実は私は平山さんにはその時まで会ったことがなかったのだ。
5年程前に電話で話したきりである。
にもかかわらず、その時の会話内容を彼は覚えていたのだ。
一度会ったことがある人でも5年ぶりに電話の声だけで即座に思い出すだけでもスゴイと思うのに、彼は一度も会ったことがない私のことを覚えていたのだ。
 普通の人はまず「どちらの栗野さん?」と聞くに違いない。
そこで社名その他を喋ると、その次に「どういうご用件ですか」と聞かれる。
しかし、彼はそんな質問を一切せず、即座に私のことを職業も含めて思い出したのである。
 まず、この抜群の記憶力に感心した。

2.相手の気持ちを即座に察する能力。
 ここまでなら単に記憶力がいいだけだが(といってもそれだけでもスゴイ才能である)、平山さんをスゴイと感じたのはむしろその後で、こちらの用件を聞く前から「久し振りにお会いしたいですね。お見えになりませんか」と言ったことである。
 一般的に人が電話をする場合、何らかの用件があるか、相手に会いたいと思っているから連絡するわけである。そのことが分かっているから「なにかご用ですか」などとも聞かず、即座に事務所に来ないかと誘ったのである。
 持って生まれた才能だろうが、平山流の人心掌握術といってもいいかもしれない。
初対面でも何でも会った人をいきなり自分の懐に取り込んでしまう。

 実はこの時、私は九州のスーパー・壽屋に関する原稿を書いていた時で、それに関係して平山さんの考えを聞いてみたかったのだ。
 というのも当時、壽屋の創業者、寿崎さんは経営立て直しのためメーンバンクに資金援助を求めるとともに、西日本銀行(当時)から経営陣を受け入れ、自身は経営の1線から退かざるを得ない状況に追い込まれた。その際に自分の持ち株を西銀に「担保」で差し出しており、それを返せ、返さないの争いをしていた。
 寿崎さんサイドに言わせれば「乗っ取り」となるのだが、壽屋凋落の遠因はユニードとの競争に敗れたことにあり、ユニードを復活させたのはダイエーから社長として乗り込んできた平山さんだった。
 そして平山さんもユニードの創業者、渕上さんを経営から外し、ダイエーとの合併の下ならしをしたのだから、壽屋騒動についてもある程度分かるはず。西銀のやり方についてどう思うか、というようなことを単刀直入に尋ねたのだった。

 以来、平山さんとは懇意になり、彼がトリアス久山をオープンした時も、オープン直前(たしか3、4日前だったと思う)に「トリアス視察ツアー」を企画し、35人前後の人数で押しかけた。
コストコは無理だろうと言われたが、それも交渉してもらい当日、視察OKの返事をもらった。
 いまでこそ大型商業施設がオープンする直前に招待客を招待したりするのは大して珍しくもないが、当時、福岡ではそうした例はなかったのではないだろうか。
少なくとも商業施設の主催側ではなく、外部の人間が企画して、それも直前に企画して、実現した例はいまでもないと思う。

 ともあれ、それもこれも、私自身が平山という男の魅力に取り憑かれたからであり、そこまで人を魅了する人物だった。

 だが、私にはそういう能力もないし、翌日すぐ電話をしたり、訪ねていくこまめさも持ち合わせてない。
 そんな私でも心がけていることがある。
いわば凡人なりの人脈づくりだが、その方法は次回に。


(著作権法に基づき、一切の無断引用・転載を禁止します)

トップページに戻る 栗野的視点INDEXに戻る