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日本とアメリカで半導体の歴史を変えようとしている男達


 半導体産業が装置産業といわれて久しい。この状況は解消されるどころか、ますます設備投資費は膨大になりつつある。このままいけば超々LSIの製造段階では設備投資費の回収は100%不可能といわれている。それどころか、すでに半導体は儲かる産業どころか、儲からない産業になっている。そのことを如実に示しているのが、かつてあれほど隆盛を誇った日本企業の、相次ぐ半導体部門からの撤退である。
 なぜ半導体製造には膨大なコストがかかるのか。それはクリーンルームの建設にコストがかかるからである。集積回路は年々小型軽量化を進め超高密度になりつつあるが、64メガビットの超々LSIともなれば、クリーンルームもスーパークリーン度が要求され、もはや設備投資費の回収は200%不可能といわれている。しかし、半導体競争に生き残るためには新たな設備投資は避けられない。それを止めるときは脱落するときで、企業にとっては死を意味する。かといって、そのまま設備投資を続けても回収できる見込みはなく、結局、心臓がパンクするまで走り続ける以外にない。いずれにしろ待ち受けているのは勝利なき戦いである。
 ところが、こうした状況に敢然と立ち向かおうとしている男達がいる。1人は東北大学工学部の大見忠弘教授であり、もう1人はアメリカに渡り1996年に起業し、ボール・セミコンダクターを設立した石川明社長。ともに日本人で、年齢も61〜62歳と近いのは奇妙な一致かもしれない。



 
東北大・大見教授が開発した
段階投資型小型製造ライン

 大見教授は東北大学のスーパークリーンルーム建設委員長を務めたこともあり、半導体の製造工程を詳しく解析して、洗浄度や品質制御の技術を「ウルトラクリーンテクノロジー」として体系化するなど、半導体製造技術の世界的権威である。日本の大学人の中では所有特許の数は圧倒的に多く、出願特許件数は700件を数えているが、それ以上に彼を有名にしたのはインテルだろう。「つぶれかかっていたインテル」が大見教授のもとに相談に来たのが87年後半。それから1年半後にインテルは見事に再生されたのである。「インテルを立ち直らせた男」ーー日経新聞は彼にこんな呼称を付けている。
 その大見教授が現在、チャレンジしているのが半導体製造のコストダウンである。大見教授によれば、日本の半導体産業がアメリカはおろか韓国、台湾にまで負けているのは、製造コストが2〜3倍も高いからだと指摘する。コスト高の原因は製造工程数や納期の長さで、ここを抜本的に改善しなければ日本の半導体産業の浮上は永遠にないと言い切る。
 先日、NHKが朝の話題でも取り上げていたが、大見教授が最近実用化にこぎ着けたのは「段階投資型小型製造ライン」と呼ぶ装置。シリコンウエハーを大気に曝さず処理し、使用済み薬品とプロセスガスを回収・再利用するクローズドマニュファクチャリングとでも呼べるもの。この技術を使えば工場の面積は従来の3分の1で済み、生産コストは10分の1以下にできるというから画期的なシステムだ。


 直径1_の球状ICを開発した
ボール・セミコンダクター

 大見教授が製造装置の小型化を図ることでコストダウンを実現しようとしているのに対し、半導体そのものの形状を変えたのが米ボール・セミコンダクター(テキサス州)の創業者・石川明社長である。
 石川氏が開発したのは社名からも推察できるようにボール状のICである。ICの形状は過去も現在も平面状である。それはシリコンウエハーの表面に写真技術を使い半導体回路を焼き付けるため、ウエハー表面は鏡面のように均一な平面でなければならないからだ。ところがボール状の表面に半導体回路を焼き付けようというのだから、恐らく最初に石川氏からそのアイデアを聞いた人は誰も信じなかったに違いない。それは発想の転換というようなものではなく、どう考えても技術的に不可能な代物に思えたし、まともに取り合えるアイデアとは思えなかった。氏を知らない人間には狂人のアイデアと映ったかもしれない。
 ここでちょっと氏の経歴に触れておこう。石川氏は元日本テキサス・インスツルメンツの社長であり、米テキサス・インスツルメンツの上席副社長も務めている。1996年に同社を退社後、ボール・セミコンダクターを設立。いわば還暦の歳での起業である。
 石川氏が球状の半導体開発を考えたのは「このままいけばやがて半導体部門から撤退する事態が来るかもしれない」と半導体産業の将来に危機感を抱いたからである。世界の半導体産業の未来のためには設備投資を減らす方向に持っていく以外にはない。この辺りの危機意識は大見教授と相通じるものがある。
 もちろんアイデアが即製品化できるわけではない。その間に解決しなければならない問題はあまりに多かった。まず、どうすれば球の表面に均一に回路を焼き付けることができるのか。四角形なら位置を固定して焼き付けることができるが、球の全表面にとなれば固定さすことができないからだ。試行錯誤の連続だった。


 クリーンルーム不要で
生産コストは従来の10分の1

 だが、球状にする利点も多かった。まず球は四角形に比べ表面積が大きいため、集積度が3倍になる点である。また、球状は最も安定した形であり、ウエハーが割れにくいのも特徴だった。
 「なにより半導体関係の特許がすべて四角とか平面をもとにしたものであり、ボール状ということが特許取得の最大の武器になった」と仲野英志・筆頭副社長は語る。
 同社がすでに取得したパテントは「球面半導体集積回路」「3次元球面集積回路のための全内部反射ホログラフィーの方法と機器」など26件。出願中のものを加えると110件にもなる。
 「最大の特徴はクリーンルームが不要だということです。そのため設備投資が大幅に削減でき、最低7億円ぐらいで生産ラインを建設できる」
 と仲野副社長。ほぼ従来の10分の1の投資である。
 同社が開発したのは直径1_の球状IC。一連の製造工程はチューブ内で行われるため、従来のようなクリーンルームを必要としないのだ。非常に簡略にいえば、ボールをチューブの中を落下させ、落下中に半導体回路を焼き付けるのだ。生産スピードは1秒に1個可能。30日間休みなしに稼働させれば月間259万2000個生産できる計算になる。しかも、単品生産が簡単にできるのも大きな特徴である。

2001年米ナスダックに上場

 現在、同社が想定している市場は薬を患部に直接届けるドラッグ・デリバリー・システムや神経に入り込み体内の情報を知らせる体内センサーなどの医療分野、3次元の立体計測が容易になる球の性質を利用した加速度センサー等々。日本からはオムロンや山武が同社の技術力と将来性を見込み、資本・技術提携をしているが、福岡の三井ハイテックも96年に資本提携をしている。
 昨年12月、日本アジア投資が同社への投資を目的に約6億1000万円のファンドを設立している。2001年には米ナスダックに上場する予定だ。
 日本と米国で半導体の歴史を書き換える動きがあり、中心にいるのがともに日本人というのも楽しみであると同時に、将来に明るさを感じさせる。

(栗野 良)
(2000年2月7日発行「IB」に掲載)


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