N の 憂 鬱-23
〜名前をなくした日々の始まり(11)
名前を剥奪され、Nobodyに(後)


 刑務官の説明によれば所持金があれば刑務所の売店から生活必要品の他に雑誌なども購入できるらしい。
 では、一文無しの場合はどうなるのかというと、歯ブラシ、粉歯磨き、タオル、チリ紙等最低限必要なものは官製支給がある。チリ紙は入所者全員に支給されるが、昔で言うトイレの落とし紙、といっても分からないか、ほぼ正方形のザラッとした紙が月に所定枚数支給される。鼻をかむのも用を足した後の始末もこの紙で行う。
 紙質は悪いから花粉症の人間は鼻の周囲が赤くただれる可能性が強いだけでなく、ムダに使っていると枚数が足りなくなる。
 そのほかにフェイスタオルが1枚、固形石鹸1個などが支給されるが、カネさえあれば寝具や夜具、自弁といって差し入れ屋から弁当を取り寄せて食べたり、菓子や本も購入できる。
 地獄の沙汰もカネ次第ではないが、刑務所生活でも現金は必要になると、この時知った。

 続いて刑務官が各人の書類を見ながら「今日からお前たちは番号で呼ばれるから自分の番号をしっかり覚えておくように。朝の点呼の時は自分の番号を大声で言うように」と命令口調で言い、一緒に入所した5人にそれぞれ番号を言い渡す。
 「1105番」。これがNに言い渡された番号で、この瞬間からNは名前をなくし「1105番」という番号を付けられた「モノ」になった。

 名前は単なる記号ではない。親、兄弟、家族、さらには祖先や地域との関係、繋がりといった様々なものまでを包括した個人のアイデンティティーである。
 名前があるから様々な関係や個人のルーツを辿ることもできるわけで、名前をなくす、剥奪されるということはアイデンティティーの剥奪であり、個性も持たせないモノとして扱われる、扱うということだ。
 アイデンティティーを剥奪することで喪失感を覚えさせ、無力感を与え、権力へ服従させる。ハードかソフトかの違いはあれ、世界の独裁(的)国家に共通したやり方である。

 この瞬間(とき)からNは名無しの人間、誰でもないNobodyのNになった−−。
                                  (次回)に続く

 


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