N の 憂 鬱
〜執筆動機と過去のあらすじ(2)


   Nの本名は日下(くさか)隆。だが拘置所に移されて以降、日下の名前で呼ばれることはなくなった。
 代わりに呼ばれたのが「1105番」という番号であり、それがNの「名前」になった。

 名前は記号ではない。個人のアイデンティティーである。
それを剥奪され「1105番」という記号で呼ばれるということは人扱いをされない、モノ化されたことを意味する。
 昨年後半になって拘置所内収容者が番号でなく氏名で呼ばれるように改正されたがまだすべての拘置所でそうなったわけではない。

 「N」、「No body」のNである。
「誰でもない」「無名の人間」「誰も存在しない」という意味のNo body。
アイデンティティーを剥奪され、人ではなくモノとして扱われる不条理、怒り。
それは社会的には存在しない透明人間(No body)でありながら、そこに存在しているbody。
 しかもいつ出られるかわからない「出口なし」の状態で「置かれている」憂鬱。

 本稿における名前の表記は拘置所に移されるまでは「日下」と書くのが正しいが、日下とNの使い分けは読者が困惑するかもしれないし、「Nの憂鬱」というタイトルに込めた意味を感じ取ってもらうため、名前の表記は当初から「N」として書いている。

 今、歴史の歯車は急速に逆回転している。
米国、ロシア、中国などの大国は独裁化に舵を切り、強権政治を行っている。それが許されると知った北朝鮮、イスラエルは一層独裁化、強権化しつつある一方で、国民は外の変化に鈍化した反応しか示さず、笑顔の裏で、その奥で何が行われようとしているのかを考えようとしない。
 この先にどんな未来が待っているのか−−。


(著作権法に基づき、一切の無断引用・転載を禁止します)

トップページに戻る Kurino's Novel INDEXに戻る

価格.com 自動車保険