地名のいわれ、古い地番の確認が防災に役立つ


栗野的視点(No.664)                   2019年10月23日
地名のいわれ、古い地番の確認が防災に役立つ

 台風19号が関東甲信地方を中心に広範囲に甚大な被害をもたらしたが、ここ数年、台風に限らず豪雨による被害が各地で起きている。昨夏は岡山県真備町を中心にやはり広範囲に及ぶ水害が発生したのは記憶に新しいところだ。そこで今回は水と地名の関係について少し考えてみたい。

 私が生まれ育ったのは岡山県北東部の田舎というのは本メルマガでも何度か触れたと思うが、地名を美作市江見(旧英田郡作東町江見)という。
 実はこの地名に以前から疑問を感じていた。山間(やまあい)の地で見えるのは山ばかりというか、山に囲まれた小さな盆地で、海や大きな湖沼はない。それなのに「江見」という地名が付けられているのが不思議だったのだ。

 何が不思議なのかと言えば、「さんずい」が付く文字は水に関係しているからである。「江」は中国では揚子江など大きな川に対して使われる文字であり、日本でも入江など湖や海で水が陸地に入り込んでいる所を指している。
 それから考えれば「江見」という地名は水に関係する「江」と「見る」という文字から作られており、「江(川や入江)」を「見る」とは「水の動きを監視する」地域だったことから付けられた地名ではないかと想像される。
 だが、私が知る限り近くに海はおろか大きな湖沼も存在しない。小さな池はあるが、農業用水の溜め池だから、そんな小さな池の存在で「江」の字が付けられたとは考え難い。

 では、なぜ水に関係する「江」の字が地名に付けられているのか。そのことが私にはずっと謎だった。
 水に関係することで言えば、近くに川があるにはあるが川幅は60m前後。子供の頃は夏になると、その川で泳いだというか潜って遊んでいたが、もし、その川が「江」の由来だとすれば、その川を「見る」とはどういうことなのか。

 この程度の川(の水)を監視する必要があるとは思えなかったが、思わぬことから謎が解けた。
 今春、親戚の土地だった隣接地の売却が決まり、土地家屋調査士がやって来て、境界線の立ち合いをすることになった。いままで家の境界がどうのというようなことには全く関心がなく、そういうことは弟に任せていた。弟は建設関連の仕事をしていたということもあるが、それ以上に家系とか伝統、しきたりなどに詳しかった(うるさかった)ので不動産のことは全て任せていた。
 その頃は歳の順に逝くと思っていたから田舎の不動産などに関心はなく、親の代からのものは全て弟に丸投げで任せていたから地番なんて確認したこともなかった。第一、土地に地番があるということすら知らなかったくらいだから。

 その弟が先に逝ったものだから、土地家屋調査士の測定に立ち合ったり書類を確認したりということが全て私に回ってきた。そして、その書類ではじめて土地に地番があることを知り、自宅の地番が「江見字打波」になっていると知ったのだ。
 「打波」とは文字通り波打ちの所であり、実家周辺は波打ち際の土地だったと知らされた。これで「江見」という地名が付いているいわれが分かった。やはり水に関係していたわけだ。
 ついでにいえば江戸は「入江の門戸」を意味し、徳川家康が駿府から江戸に拠点を移した当時は寂しい漁村だったようで、湿地や入江を埋め立てて江戸の町が作られた。つまり江戸、現在の東京は元々湿地帯が多く、また「谷」と付く地名が多いことからも水害と無縁ではないことが分かる。

 地名のいわれが分かると次々と色んなことが分かってくる。「打波」というぐらいだから、昔はもっと川幅が広く、水量も多かったのかもしれない。もしかすると高瀬舟の往来もあったのではないだろうか。
 そう考えていくと「船曳(ふなびき)」という名字の家があったことを思い出した。私が子供の頃は内科医だったが、船曳という名字は先祖が船を曳く仕事に従事していたことを表している。
 いまのような動力がない時代である。船を川上に移動させるためには川岸から人力で、あるいは牛馬を使っていたかも分からないが、曳くことを仕事にしていた人達がいたわけで、その職業の人を船曳きと呼び、やがて船曳姓になったと思われる。
 というわけで実家近くの川は案外大きな川だったのではないかと想像される。小さな川が波打つとはあまり言わないだろうから。

 ところで、私の実家は昭和30年代と2009年の2回、床上浸水の被害に遭っている。いずれも支流からの逆流(最近ではバックウオーター現象などと言われているが、無理にカタカナ文字を使う必要はあるまい)によるものである。
 「江見」の町は吉野川と山家川の合流地点になっており、2009年の水害は山家川上流の雨量が多く、その流れが吉野川にぶつかり、堰き止められた形になった水流が手前の堤防を越えて町に流れ込むと同時に、吉野川への排水が出来なくなった用水路の水が下から逆流して町一帯が浸水被害を受けた。中学時代の同級生は翌朝まで電柱にしがみ付いて難を逃れたと言っていたが、ここ数年、各地で起きている水害もほとんど同じ形である。

 大水害後に取られる方法は全国大体同じで、堤防の建設と堤防の嵩上げである。もちろん、これは必要である。しかし、これは人間と自然が繰り広げるイタチごっこのようなもので、万里の長城のようなものでも造らない限り、どこかの堤防が崩れて、あるいは堤防を越えて水が襲ってくる。
 堤防の高さにしても1mでいいのか2m必要なのか、何mなら安全と言えるのか分からない。それに経費の問題がある。地方の小さな自治体では危険個所すべてに対応することは難しいのが現実だろう。
 だからといって生命を危険にさらせていいのかということになるが、すべてを満足させる解決策はないだろう。

 となると個人でできることは自治体のハザードマップを検討し、早めの避難を心がけるぐらいしかない。ハザードマップも必ずしも被災箇所と一致しているとは限らないようだから、古い地名や地番を調べ、サンズイが付く地名の所は水害が起きやすい地域と認識しておくことも必要だろう。
 特に新興住宅地は新しい地名が付けられ「〇〇丁目」に変更され、古い地名が分からなくなっているから注意が必要だろう。

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