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菅直人の野望(2)〜党内のねじれこそが問題


国会だけでなく党内のねじれこそ問題

 小沢が越山会の資金問題を政治倫理審査会の席上であれ、その他であれ、再度詳しく説明しないため、国民の間に「悪代官」のイメージが定着しつつある。小沢のどこが、何が法的に問題なのかをきちんと理解している国民がどの程度存在しているのかはかなり疑問だが、そういうイメージを作らせてしまった責任は彼自身に半分ある。残りの半分は「小沢悪代官」イメージを繰り返し流したマスメディアである。
 いずれにしろ結果の半分は小沢自身にあるにもかかわらず、彼はいまだ口をつぐんだままだ。そのことはさらに恐ろしい現象をこの国に生みつつある。それはきちんとした法に基づくのではなく、感情、イメージ優先で、人民裁判的に裁く現象である。その最たるものが検察審査会の議決だろう。検察の基礎内容になかったものを、起訴相当決議の中に含めたが、このことがさほど問題にならないのはおかしい。「悪法も法である」と言い、結果を敢然と受け入れたのはソクラテスだが、近代民主主義国家は法のルールを守ることで成り立っている。ルールは守られなければならない。

 小沢一郎のもうひとつのミスは民主党の政権運営に基本的には口を出さなかったことで、そのため民主党政権は方向が定まらなくなった部分がある。特に菅内閣は。
 鳩山の後を受けた菅が民主党の代表に就いて戦った参院選で民主党はよもやの大敗を喫し、衆参捻れ現象が起きた。そのことが菅内閣の迷走を招いているが、捻れ現象は国会だけでないところが民主党政権の存続を危うくしている。

 捻れが明らかになったのは菅と小沢が争った代表選の時である。体質的には古い自民党的な小沢と、市民運動出身(と本人は言っている)でリベラルと見られている菅が代表選で戦ったのだが、両者の主張が捻れていたからややこしい。
 要は体質的には古い小沢の方が革新的で、リベラルと見られている菅の方が自民党に近い主張なのだ。
 小沢には国家観があるが、菅にはそれがない。「クリーンな政治」という言葉はあるが、この国をどうするという大局的な考えがない。それは「埋蔵金」の捻出、政治主導についても表れた。
 小沢は官僚への金の流れを断つことで官僚の権力を奪い政治主導に持って行くと主張し、菅は事業仕分けをすることで「埋蔵金」を引き出そうとした。つまり従来型のシステムを変えようとしたのは菅ではなく、古い体質と見られている小沢の方なのだ。

 小沢のシステム変革は情報開示についても表れている。
従来、記者会見を仕切っていたのは(いまでもそうだが)大手マスメディアで構成される記者クラブで、そこに所属していない雑誌社やフリーのライターなどは記者会見の場に入れない。つまり情報を大手マスメディアに独占されている状況が続いているのだ。この状況は地方の首長などの会見でも同じだ。
 こうした状況を変え、会見をオープンにした最初の人物が小沢一郎である。彼は民主党代表に就いた時にそれを実施したのだ。鳩山内閣の閣僚達もそれに習い、全員ではないが会見をオープンにしだした。連立を組む国民新党の亀井静香は鳩山内閣の金融担当大臣時に、記者クラブ主催の会見の直後に記者クラブ所属以外の取材者を対象に同じ内容をもう一度会見するなど従来のシステムを変えようとする動きが出たのは民主党政権の大きな成果である。
 しかし、菅は首相就任後、記者会見をオープンにするどころか、会見の回数を減らす行動に出た。

 官僚に対する接し方も両者は大きく異なった。
小沢は基本的に官僚を信用してないところがあり、このシステムを一度変えないと日本は変わらないと思っているところがある。対して菅は官僚システムをうまく使いこなすことの方に利点を見出そうとした。だから長妻厚労省のように官僚システムを変えようとする大臣は内閣に不要だった。

 まさに小沢と菅は一般的に受け取られているイメージと行動が逆、捻れているのが分かる。そして、小沢(的な考え方をする者)が国のトップになると困ると考える層が存在しているということだ。だから、繰り返し「政治とカネの問題」がさも最重要なことであるかのように言われる。経済、外交、農業政策などの問題より。          (文中敬称略) 
                                                 (続く)


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