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「熱血弁護士の事件ファイルT・企業再生編」


 7月下旬のある日、萬年総合法律事務所の所長、萬年浩雄弁護士から宅配便で書籍が届いた。
本のタイトルは「熱血弁護士の事件ファイルT・企業再生編」(三和書籍、1700円)。萬年弁護士の最新本だ。
 この時、私は以前、萬年さんから頂いた「弁護士だからできること」(リヨン社)を再び読み返していたところだったので、あまりのタイミングの良さについニヤリとしてしまった。
 だが同時に、送られてきた本のタイトルに微かな違和感を覚えた。「熱血弁護士」という表現部分に。
 萬年弁護士が熱血なのはよく承知しているし、その通りだと常日頃感じているが、それでもなお、60代で「熱血」と表現されることに少し面映さを感じるのではないだろうかと勝手に思ったからである。
「熱血」という言葉が似合う年代は少し過ぎたような感じがする。
 恐らく出版社側が付けたタイトルだろうとは思うが、では、私ならこの本にどんなタイトルを付けるか、萬年弁護士をどう表現するか。そんなことをあれこれ考えながらページをめくっていった。

 読み始めると、実に面白い。
いままでの萬年さんの本と比べても格段に面白い。(失礼)
面白さの理由はこの本がある一つの題材、負債総額約160億円を抱えた企業の再生実例を取り扱っているからである。
 この企業、本書ではA商事と表現されているが、どうも熊本県八代市でパチンコホールを数店経営している会社のようだ。
そこの2代目若社長(29歳)が萬年弁護士の所に相談に来るところから物語は始まる。
 内容を調べ、情報収集した結果、友人・知人弁護士を含め関係者が全員「面倒な事件だから、受任するな」と口を揃えるので、萬年弁護士も依頼を断ることにした。
そこで依頼主の若社長を呼んで受任を断る。
すると若社長が「先生、お願いしているのは経営者である自分のためではなく、従業員の雇用確保のためなんです。田舎のパチンコ店の従業員では再就職は無理です。どうか引き受けて下さい」と涙を浮かべて懇願する。
 その姿勢に感動し、彼は受任を引き受け、A商事の再建に着手。それから10年、同社は見事に自主再建を果たす。
 その間のことが債権者の金融機関やリース会社等とのやり取りも含め、具体的に紹介されている。

 債権者との丁々発止の交渉裏話(助けられたり、裏切られたり)は実に面白い。
特に感心したのは再建プロジェクトリーダーとしての萬年弁護士の采配。それは諸葛亮もかくありなんと思わせるようなものだった。
 再建会社の社長、営業部長、経理部長にそれぞれ役割分担を指示するのだが、それは互いに矛盾する内容である。
 経理部長への指示:石橋を叩いても渡るな。慎重に資金繰り表を見た上で発言しろ。
 営業部長への指示:強気で、イケイケドンドンで営業展開の夢を語れ。
 社長への指示:2人の意見を聞いて、経営の最高責任者として決断を下せ。
 その上で次のような条件を付けている。
「経営陣と萬年弁護士の意見が一致しない限り、話を前に進めない」
 つまり再建プロジェクトリーダーとしての萬年弁護士が同意しない限り、どんなにうまそうに見える話も前に進めらないのだ。チェックが二重三重に効いていることになる。

 しかし、この本を企業再建の実例、弁護士の事件ファイルとして読むなら、本書の魅力の半分も理解しないことになる。
本書は優れて経営の書であり、営業、交渉、社員教育の書である。

 私が個人的に驚いたのは萬年弁護士が非常に細やかな心遣いを持っていることである。
例えば先方の弁護士と交渉する際、先方のいる場所に出向くのか、先方に来てもらうのかという時、相手弁護士の経歴を調べ、司法修習期では自分の方が上だから、先方に福岡まで来てもらっても失礼にならないだろうとか、頭取の依頼をすぐ断るのは失礼だから、数日検討したことにして断れ、など、片方で丁々発止のやり取りをしながらも、一方で先方の情報を収集し、礼を欠かないようにしている点などは大いに見習うべきところだろう。

 中小企業にとってバトンタッチの仕方は常に問題になる。健全なバトンタッチであれ、経営責任を取ってバトンタッチする場合であれ、だ。次期経営者を誰にするのか。この選択を間違えば会社の再建、再生はできない。
 その点でも萬年弁護士は参考になる見解を本書で述べている。
「古参社員にはオーナーのイエスマンが多く、かつ、オーナーの発想法や経営手法を見聞きしているから、彼らが後任経営者になった場合、ミニオーナー化する可能性が強い」

 詳細は同書を読んでいただくとし、私が萬年弁護士と出会ったのはかれこれ15年前になる。
 酒の席とはいえ、いきなり「栗野さん、何年生まれね」「それなら暴れた口だね」で付き合いが始まり、私が主宰するリエゾン九州の顧問(的)弁護士も引き受けてもらっている。顧問(的)と記したのは顧問料を払っているわけではなく、何かの時はお願いしますよ、という実にこちらに都合のいい頼み方をしているからだ。
 だが、福岡では質量ともにトップクラスの弁護士事務所の所長にリエゾン九州の会員だと言うだけで取り敢えず会ってもらえるメリットは大きいだろう。



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