デル株式会社

 


 地方を旅する面白さ
〜湯郷温泉の民宿と新見・まんさく園


芳名帳に同級生の名前を見つける

 その数日後、岡山県北西部の新見(にいみ)市まで出かけた。目的は山野草の撮影。
 いろんな山野草が年中生えているという情報に接したからだが、特にセリバオウレンという白い花を咲かせる小さな山野草が群生していることに興味を持った。
 セリバオウレン自体は今までも数回目にしたことはあるがせいぜい所々に数本ずつという感じで、群生しているのは見たことがなかったし、群生を目にしていないから記憶にもあまり残ってない。

 その場所まで車で2時間近くかかるし、民家も少ない場所だから現地まで行って期待外れだったというリスクもあったが、群生を見てみたいという誘惑と、他の山野草も咲いているという話、さらには山野草園の名前が「まんさく園」という名称にも惹かれて行くことにした。

 「まんさく園」という名称からは園の開設者の名前が「まんさく」か「まんさく」という木を多く植えていることに因んだものだろうと推察されたが、園は個人の所有地ということを考えれば「まんさく園」の「まんさく」は植物の名前だろうと推測できるが生憎「まんさく」は見たこともなかったからどのような植物か思い浮かべることさえできない。

 園といっても入り口に柵もなければ人もいないし、入園料も表示されてない。
入り口奥にちょっとした建物があり、そこに園内に咲く花の写真や開設者を紹介した新聞記事等が飾ってあり、「寄付金箱」が柱に据えられていただけ。
 どうやら無料で入られるみたいだと理解し、入り口から少し入った場所に咲いていたイチゲの写真を数枚撮った後、駐車場横の家を訪ね呼び鈴を押した。
「まんさく園の方ですか」
「はい、そうですよ。自由にご覧になってもらえばいいんですよ。私、出かける用があるもんですから」
「そうですか。いや、ちょっと話を聞きたいと思いまして。どういう経緯でここを造られたのかと」

 とにかく何でも聞きたくなる性分だから困る。所要があると断られたから話は聞かれないかと思ったが、玄関から顔を出した柴田光政さんはそのまま外まで出て来たので少しぐらいなら話を聞けるかと思い「87歳なんですってね。どういうきっかけでここを作られたんですか」と話しかけた。

 「出かけようとしていた」という最初の言葉とは裏腹に話しかけると色々相手をしてもらい、こちらの方が相手の時間は大丈夫かと心配になったが、元は公務員、どうも県関係の仕事に就いていたらしく、退職後に「地域への恩返し」で始めたとのことだった。
「1年365日、年中無休。タダですから」
「これだけの広さ(1ha)だから手入れも大変でしょ。入場料を取ってもいいんじゃないですか」
「皆さんに喜んでもらえばいいんです。遠くから来られる人もいますよ。大阪から来た人も島根から来た人もいました。大阪の人は夕方に来られたんで、これからどうするか聞いたら車の中で寝ると言っていましたし、島根の人は雨が降っていたけど、こんな珍しい花は滅多に撮れないからと、雨をものともせず撮って行かれましたよ」

 山に生えている全種類が野生のものでもなく買い求めて植えたものもあるようだが入場無料だからか、珍しい山野草が生えているからか、訪れる人はそこそこいるようだが、必ずしも全員が寄付金箱に投入する善人ではなさそうだ。

 遠方から来る人もいると言っていたから、どの辺から来ているのかと入り口の芳名帳を帰りにめくってみた。
 圧倒的多数は県内からの訪問者で1週間程の間に県外から来た人は見当たらなかったが、中に美作市と書かれた住所を発見し、どうせ見ても知らない人と分かってはいるが、それでも一応名前まで見てみた。
 そこに記されていたのは高校の同級生の名前で、日付は1週間も前ではなく、二人の名前が書かれていたから夫婦で訪れたようだ。

 えっ、彼も来ていたのか、と驚いた。と言っても彼の趣味や興味の対象を知っているわけではないくせに、山野草などに興味を持つのは自分ぐらいだと勝手に思い込んでいたから、彼が2時間もかけて新見まで来ていたことに正直驚いた。
 へえ、彼もここに来たのか。
そう思うと途端に会いたくなり、帰宅後電話した。
 受話器の向こうから聞えてきたのは昔懐かしい旧友の声で
「そうか、君も行ったんか。名前を書いていてよかったな。見つけてくれたんか。
明日、会おうか」と言ってきた。
 2、3日後でも1週間後でもなく、「明日、どうだ」という言い方に自分と同じ感覚を感じ、「おっ、いいね」と二つ返事でOKした。
 こういう相手は好きだ。
 それにしても犬も歩けば棒に当たるではないが、なんにでも興味を持ちあちらで質問し、こちらで覗き込む性格も悪くはないらしい。


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