デル株式会社

 


2人だけに通じる天国から届いた合図


栗野的視点(No.800)                   2023年6月15日
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2人だけに通じる天国から届いた合図
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 「おお〜、どうした」
 午前中から福津市の宮地嶽神社にショウブの花を撮りに出かけていて、夕刻5時頃に帰宅しカメラリュックを背中から降ろした直後にスマートフォン(以下スマホ)の電話が鳴った。

 スマホの画面は友人からの電話だと教えていた。彼は昨秋、急性白血病を発症し、集中治療室に緊急入院、退院後も心筋梗塞で入院するなど入退院を繰り返していたが、それでも容態は一応落ち着いているように思っていたから、「元気になったぞ」という電話だろうと思い、明るく、大きな声で応答した。

 だが、聞こえてきたのは友人の奥さんの声で、最初から涙声だった。嫌な予感がした。が、彼とは10日近く前に電話で話したばかりだ。たしかに、その時、声の調子は弱々しく、「吐き気がする」「体力が落ちているから、今は抗がん剤治療は中止している」と言っていたから心配はしていた。

 そこに奥さんからの電話だ。何事かを伝える電話だろうとは思ったが、再び集中治療室に入ったのかも分からないぐらいに思い、最悪の事態などは頭に過りもしなかったから、こちらから話を急がせず、静かに黙って奥さんの言葉に耳を聴いていた。
「いつもきれいな花の写真をありがとうございます。ブログにアップされているのを主人と楽しみに見させていただいているんですよ。随分あちこちに行かれているんですね。羨ましがっていました」
 涙声で話しながら中々本題に入らない。
 友人の状態を尋ねたかったが、彼女の涙声に押しとどまった。その一言を発すると何事かを堪えている彼女の堰が一気に崩れるのではないか。そんな気がしたからだ。

 一通り私がブログにアップしている写真を褒め、私になぜか感謝の言葉を述べた後、意を決したように言葉を発した。
「今朝9時頃に主人が亡くなりました・・・」
「えっ」と言ったまま絶句した。
「それまで聞こえていた寝息が変わり・・・音がしなくなったので、あらっと思い確認すると息が止まっていました・・・」

 そんなバカな。たった10日ほど前に話したばかりなのに。たしかに声は弱々しくしんどそうだったが、それにしてもそんなに早く急変するとは。

 「年賀状は今年をもって失礼させて頂きます」
 そうプリントされた年賀状を見た時「お前も終活で年賀状終いか。でも、俺はお前に出し続けるからな」と一人毒づいたものだ。
 10日前の電話で、年を越せないかもな、とは正直感じたが、それにしてもこんなに急とは予想だにしなかった。
 彼らも来年はないと覚悟していたようで、少しずつ身辺整理をしていたらしい。葬儀も家族4人だけで行い、彼の兄達も高齢なので呼ばないし、友達たちにも連絡しないとのことだった。この後、学生時代から仲のよかった同期の友人に電話しようと思っているが、他はどこにも連絡しないと言われたから、私も誰にも知らせないがそれでいいかと確認した。

 知らせがあった2日後、私がアップしたブログの写真に「拍手」(Facebookの「いいね」みたいなもの)が1つ付いたのを目にして驚いた。
 まさか、あいつがあの世から「拍手」を付けた、わけはないわな。それなら奥さんなのか。だが、まだ身辺が忙しいはず。他のことに気が回る時間はないだろう。
 やはり彼が、これからもお前の写真を楽しみにしているから、と私に合図を寄越したのだろうか。

 実は私と彼との間にはある暗黙の合図が存在していたのだ。彼が急性白血病で入院した昨秋以降、私はブログに毎日、花の写真をアップし続けた。それは闘病生活を送っている彼の心を和ませ励ますためだ。
 1年前の秋はまだコロナ禍で各種施設は外部からの面会を禁止している時期だ。ましてや集中治療室ともなれば仮に家族の面会が認められたとしても廊下からのガラス越し。それでは退屈で時間を持て余すだろうと思い、ブログに花の写真を載せているから気が向けば見てくれと連絡していた。

 スマホの持ち込みが認められるかどうかも分からないし、送ったショートメールを見るかどうかも分からなかったが、彼を励ます手段は他に思いつかなかった。
 それからしばらくして、ブログに写真をアップすると「拍手」(Facebookの「いいね」みたいなもの)が1つ付き出したことに気づいた。
 それを見ても、ああ、花の写真が好きな人が気に入ってくれたのだろうぐらいにしか思ってなかったが、ある時「閑谷学校の2本の楷の木が同時に紅葉、黄葉した様をぜひ掲載して欲しい」という要望がコメント欄に書き込まれた。

 閑谷学校の2本の楷の木の色づきは気になっていた。できれば写真を撮りに行きたいと思い1週間前に紅葉情報を収集していたが、今年の黄葉はイマイチだし、紅葉もすでに終わりかけているという情報を得ていたから、その年、閑谷学校の紅葉は諦めていた。
 そこに持ってきて、ブログの1ファンから閑谷学校の紅葉の写真を要望されても、備前市に行くのに1時間あまりかかるんだ。はい分かりました、と行けるわけないだろうと1人毒付いた。
 しかし、そういう要望をする相手は私の行動を知っている人物ではないかと考え、コメント文をよく読み直してみた。
 もしかして、これは彼ではないか。そう思ったので、その日急遽閑谷学校まで車を走らせた。結果は事前情報通りで楷の木の紅葉はすでに終わっていたし、その年の黄葉はほとんどなかったとのことだった。それでも周囲の紅葉写真を撮りアップした。

 この時以後、写真をアップするたびに1つ付いていることに気づき、それが彼から送られてくるメッセージだと分かった。だが、時々反応がない写真がある。自分ではいい写真だと思っているのに「拍手」が付けられていない。彼と私では感性が違うということはあるが、なぜこの写真に「拍手」が付かないのだと多少不満を感じてもいた。
 だが、その時、彼は苦しくて写真を見ることもできなかったのだと、亡くなったと知らされた後に気づいた。
 「お〜い。お前が旅立った後も花の写真はアップし続けるぞ。だから、これからも俺とお前にだけ分かる合図を寄越してくれ」


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