東芝ダイレクト

 


ホーキング博士と西部邁氏他の最期から考えること(2)


 手を貸さないのが愛情か、手を貸すのが愛情か。これは先に逝く者、残された者双方に難しく、解決できない課題を残す。
 一つだけ言えるのは手を貸しても貸さなくても、残された者、残った者は残りの人生を後悔とともに歩まなければならないということだ。

 少子高齢化社会は私達に新たな、難しい問題を突き付けてきた。高齢の二人世帯、一人世帯の増加は家族での介護を物理的、肉体的、金銭的に困難にしている。安倍さんが言う「家族」はもはや私達の社会には存在しないのだ。
 それは何もこの国に限ったことではなく、欧米でも、急速に高齢化しつつある中国でも、その他アジアの諸国でも、家族は小単位になっている。好むと好まざるとに関わらず社会で支えていかざるをえない。そういう考えに立脚して政治も社会の在り方も組み替えざるをえない。

ホーキング博士の予言

 「車椅子の物理学者」として知られたスティーブン・ホーキング博士の死は世界中に衝撃と大きな悲しみをもたらしたのは間違いないだろう。筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患いながらも独創的な宇宙論を発表し続けたばかりか、一般の人にも分かりやすく解説するなど、多方面に渡り活動してきた。その姿は多くの人に夢と希望を与えてきた。
 そのホーキング博士は「地球上の気温はいずれ250度まで上昇し硫酸の雨が降り注ぐ金星のような惑星」になると予言している。もちろん、そうなれば人類は絶滅する。
 また「人類は進化の過程で強欲で攻撃的な性質の遺伝子が組み込まれたようだと恐れる。地上で争いが減る兆しはなく、軍事技術や大量破壊兵器の進展は争いを破滅的なものにする」とも述べている。(以上、BBCインタビュー)

 では人類に残された時間はどれくらいなのか。「後100年」と博士は予言した。私は博士の説に同意する。人類は100年後には滅亡するに違いない。そして今、そこに向かって確実に歩んでいると。

 この10年、私は「歴史は進歩しているのか、その逆なのか」「我々はどこに行くのか」と考え続けていた。悲観主義者と思われるかもしれないが、あらゆる社会現象は歴史の歯車が逆回転し、人類は破滅に向かっていると示している。
 地球環境は明らかに悪化している。モノ余り、飽食と言われる日本でも日々の食事に窮する貧困層が増えているし、地球規模で見れば食料不足で亡くなる人の方が多い。
 ホーキング博士も指摘するように「地上で争いが減る兆しはなく」、地球上の資源は生物と言わず鉱物と言わず取り尽くされ、食い尽くされている。
 それを象徴しているのが中国で、かの国の野望はとどまるところを知らない。まるで歴史を逆行させたいかの如く途上国への経済的、領土的侵略を進めている。スリランカ・コロンボ海岸の99年租借、パキスタン・グワダル港43年租借などはまるでアヘン戦争以後、中国が列強諸国によって植民地化されたことに学び、大国となった今、他国に対して行おうとしているように見える。これは悪しき「学習」であるが、そのことに対する反省は中国にない。

 いまや誰も彼もが自国中心、自分中心になり、未来より現在しか考えず、目先の欲求、欲望を満たすことにしか関心がなく犯罪を繰り返すなら、人類に残された時間は「100年」より短いかもしれない。
 しかし、悲観することはない。地球規模、宇宙規模で考えるなら「強欲で攻撃的な性質」を持ち「地上で争いが減る兆しはない」横暴な種は滅亡した方が地球という星のためにはいいかもしれないのだから。
(2018/3/21)

 


(著作権法に基づき、一切の無断引用・転載を禁止します)

トップページに戻る 栗野的視点INDEXに戻る