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 総理になり損ねた男達(2)


 小沢一郎こそ最も政治家らしい政治家だろう。
私はそう思っている。
多くの政治家がきちんとした理念やビジョンを持たず、どちらかといえば私利私欲、目先の動きに釣られて動いている中で、小沢はそうしたものを持っているからである。(小沢の理念、政策に私が賛成しているかどうかは別にして)
 さらにいえば清濁併せ呑むというか、目的のためには昨日の敵とでも手を組む貪欲さ、あるいは積極的にそうしたことを利用しようとする貪欲さがある。事の善悪は除いて、古来、洋の東西を負わず、歴史に名を残す政治家、宰相にはよく言えば戦略家、駆け引き、他の言い方をすれば腹芸、欺し合いができる人間が多い。
 小沢はそうしたタイプである。
日本には統一戦線という考え方がなく、また真の意味で統一戦線が作られたことはないが、それができるのは小沢一郎しかいないだろう。ある意味では現在の民主党そのものが多少統一戦線的な組織でもあるが。

 ところが、これだけの政治家にもかかわらず彼には致命的な欠陥があった。
自身は「口べただから」と称しているが、本当は面倒くさがり屋なのではないだろうか。
 懇切丁寧に説明するのが面倒くさいのだ。いちいち説明しないと分からないのかという気になってしまう。子供じゃあるまいし、そこまでしないと分からないのでは政治家になる資格がない。
 そんな風に思っているから、バカらしさが先に立ち、分かる奴だけ付いて来ればいい、となる。

 こうした気持ちは小沢に限らず多くの企業トップが皆持っているに違いない。
かつてはそれでもよかった。トップの気持ちを代弁する重役や取り巻きがいたから。
だが、いまや時代は変わった。政治の世界ではアメリカ型のトップダウンが、企業においては素早い決断が求められだした。トップに強大な権力が集中するのと引き替えに。権力の集中と時間の速さは、正確な(直接の)説明と説明の速さを要求する。
 かくして現代のトップに求められる条件は決断に至る過程の透明さと、説明能力が加えられることになる。

 この尺度に照らせば小沢には次代のリーダーたり得ない弱点があることになる。
ここでも運命の皮肉を感じる。
次のリーダーに最も近い距離にいたにもかかわらず、次代のリーダーに求められる要素を有していなかったのだから。



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