Google

 


 被災地からのレポート(2)−−コミュニティーの復活


 9日の夜、母は「テレビでバレーを一生懸命観ていた」ようだ。
「おばあちゃん、大丈夫か。水が溢れてきてるけど」
 普段から仲よくしてくれる町内の人が心配してわざわざ覗いてくれて初めて異変に気付いたようだ。
「その時は雨もそんなに降ってなかったから、まさか水がそんなに溢れているなんて思いもしなかった。雨でも激しく降っていれば注意して外を見るけど」
 その後、水嵩は急速に増し、400m程離れている木材会社の材木がうちの庭にも流れてきたというから、もうそこら辺り一面川になっていたのだろう。
 母はなすすべもなく寝室のベッドの上で一夜を過ごしたようだが、まんじりともせず朝まで過ごしたのか、それとも開き直って寝たのか・・・。
 翌朝、地域の消防団の人達が来て、取り敢えず居間の畳を上げてくれたみたいだが、昨夜からその辺りまでのことが母の記憶にはほとんどない。

 それにしても夜中に避難しなくてよかったと思う。
床上40センチというのは、落ち着いてから測ってみて驚いたが地面からだと90センチの高さだった。
 ガソリン給油所の店主が「道路の向かい側に渡るのが怖くて渡れなかった」と話していたが、女子供年寄りでなくても流される危険がある。
 ここ数年の豪雨水害の特徴は突如水嵩が増していることだ。
美作市、兵庫県佐用町の場合でも、皆の話を総合するとほぼ10分前後で急激に水嵩が増したようだ。
「急に水が増えてきたのでヤバイと思い、家の前の電柱によじ登りました。避難する間もなにもなく、それが精一杯でした」
 佐用町のある住民はマスコミにそう答えていた。彼は助け出されるまでの5時間、電柱にしがみついていたのだ。

 私が帰省した翌日の午前、ボランティアの人達10人程が水濡れ家具等の運び出し、廃棄の加勢に来てくれたので、どこからボランティアに来てくれたのかと尋ねると「私達も同じ江見の町です。皆同じように水害の被害に遭っているんですが、比較的被害が少ない連中がこうして来ているんです」とのこと。
 いわゆる地域の消防団である。地方の消防団は職業消防ではなく、火災が発生した時にだけ集まる、地域の自主的構成員で成り立っているボランティア。彼らが独居老人宅などの安否を確かめたり、片付けの手伝いに回っているのだ。
 いわゆるボランティアが入ったのは被災数日後で、それまではこうした地域の人達がいち早く支援に動いているのである。

 話は変わるが、私は市場原理主義には反対してきた。日本では小泉・竹中路線がその体現で、なかでも郵政民営化にはずっと反対してきた。
 理由は郵便局が地域社会(コミュニティー)を守る一定の役割を果たしていたからだ。それを効率主義で郵政事業を分割・解体していいのか。その結果、地方はますます地方化し、辺境の地になる。それどころかコミュニティーの崩壊を促進することになると考えたからである。

 郵便配達の仕事は「ポストマン」に象徴されるように、単なる郵便の配達業務だけではなく、老人世帯の安否の確認、地域の防犯の役目も果たしていたのだ。
 これを効率主義の観点から見ると無駄だらけである。しかし、視点を変えれば、この無駄がコミュニティーの維持に一定の役割を果たしていた。

 近年、日本ではコミュニティーが急速に崩壊している。その原因は様々だが、そのことは別の機会に触れるとして、コミュニティーの崩壊が現代日本が抱える様々な問題の一因になっている。
 例えばかつて犯罪の多くは自分が所属するコミュニティー以外の場所で行われていた。ところが、近年の犯罪は圧倒的に勝手知ったる身近な場所で行われている。それはコミュニティーのルールが守られなくなったからである。そのことがコミュニティーの崩壊に繋がっている。
 コミュニティーのルールとはコミュニティーに所属する人達が等しく快適に生活するために守るべき暗黙のルールである。「暗黙の」といったのは明文化されてないという意味であり、広義には生活の知恵、生きるための知恵とでもいえるものである。
 では、コミュニティーのルールを破るとどうなるのか。コミュニティー外の人間と見なされる。コミュニティー外の人間にはコミュニティーの様々なルールや便宜、情報も提供されなくなるから、コミュニティー内での生活はかなりの困難を強いられることになる。

 つまりコミュニティーのルールは助け合いと同義語に近い。
ただし、これは共同体内での生活が互いに依存し合う関係という前提があってはじめて成り立つ関係である。
 逆の言い方をすれば、相互に依存し合う関係が日常生活の中でなくなってきたことがコミュニティーの崩壊に繋がってきたのだ。
 ところが、日常の中では崩壊しているコミュニティーが、ある状態の時には復活することがある。それは日常でない状態=非日常である。

 例えば阪神大震災の時がそうであり、今回の美作市、佐用町水害の時もそうだ。
個人宅からの要請がなくても自主的な判断で動いた消防団員がその典型だが、日常生活では大した仕事もなかった自治会長、区長達がこの時は毎日独居老人宅を訪ね、様々な連絡をして回っている。
 これは単に連絡事項を伝えるというだけにとどまらず、住民の安否確認もしているわけである。

 個人レベルでもコミュニティーのルールが突然復活し、互いに手を差しのべ合う。
「大変でしょう。手伝いますよ。泥は一輪車で運びましょう」 
 私が庭や床下に貯まった泥を掻き集めている時、突然向かいの家のご主人がそう声を掛けて手伝ってくれた。
 N氏がうちの向かいに移ってきたのは6、7年前だから、いわば新住民。それまで私とは全くといっていいほど面識がない。それでもこうした時にはコミュニティーのルールが復活し、互いにそうするのがさも当たり前のように協力し合うのだ。
 こうしたことは都市住民の間でも起きるだろうが、密閉空間のマンションが多い都会より、開放空間に近い住宅で構成されている地方の方がコミュニティーは復活しやすいといえる。
 それにしても改めて多くの人達に支えられていることを被災後に実感した。
 地域の皆さん、ボランティアの方々に感謝!

  美作市・佐用町の水害被災写真は下記ブログに載せています。
   「栗野的風景」 http://blog.livedoor.jp/kurino30/



(著作権法に基づき、一切の無断引用・転載を禁止します)

トップページに戻る 栗野的視点INDEXに戻る