後継者不足より深刻な後継者選びの問題(4)
〜生え抜きを指名、トップに抜擢した例


生え抜きを指名、トップに抜擢した例

 少し古い話で恐縮だが、いまから20年程前に九州の某地方銀行で行われた人事の話を。
 当時、地方銀行の頭取は大蔵省からの天下りポストというのが当たり前だった。金融の自由化が進み、それまでの護送船団方式で金融業界が保護されることは表向きなくなっていたが、横並び意識はいまでも日本企業から抜け切ることがないように、他と違うことをやるのはかなりのリスクを伴う。
 ところが、その地銀トップは自らの出身母体、大蔵省から次期頭取を招きことを拒否し、自らが頭取に就任した直後から「次は生え抜きから」と公言していた。もちろん、就任時にそう表明する人はいる。しかし、バトンタッチが現実のものになってくると、そんな言葉はサラリと忘れ、大蔵省人事に従うのが常だ。早い話が保身だ。天下り人事を受け入れることで、自分の大蔵省外郭団体への再天下りも保証される。
 つまり次期頭取を生え抜きから選ぶということは、ある部分で自分の退路を断つことを意味するだけでなく、地方銀行にとっても大蔵省の保護を得られないというリスクを伴う。

 誰だってリスクは冒したくない。だが、部下に夢も見せたい。幻想かもしれないと思っていても、「もしかすると」という夢を。鳩山元首相だって最初から騙そうと思っていたわけではないだろう。純粋にそうしたいと思っていたはずだ。だが、彼にはそこまでの信念と行動力がなかった。結果、沖縄県人を騙したことになり、彼らの激しい落胆と反感を買う羽目になってしまった。
 これが企業なら社員は見限って辞めるだけだ。しかし、彼らは日本人であることを捨てる選択をすることはできなかった。少なくともいままでは。しかしスコットランドがイギリスからの独立を現実的な選択肢として考えるだけでなく行動する時代である。沖縄の人達が琉球人に戻る行動を起こすことは非現実的なことではないだろう。

 さて、銀行頭取の話である。私は当時の頭取T氏が頭取職を生え抜き行員に譲り、自らは会長になった後、数回取材したことがある。
 その時の取材内容は直接、銀行に関係することではなくT氏が兼ねている他の公職に関することだったが、ついでに後任頭取人事のことも尋ねた。実はメーンテーマ以外のことをさりげなく雑談的に尋ねるというのは結構本音が聞かれるものなのだ。メーンテーマと外れるから相手の警戒心も緩むのだろう。

 聞きたかったのは自らの出身母体の大蔵省OBではなく、なぜ生え抜きから現頭取を選んだのかという点だった。
 答えは簡単明瞭だった。「彼が優秀だったからですよ」。いやいや、そう言われても、いざその段になるとやはり大蔵省出身者を迎える銀行がほとんどだし、第一、優秀だという判断の根拠はと、さらに尋ねる。
 T会長曰く。優秀な男だったので、さらに確かめるべく、いろんな部署を経験させてみた。すると、どの部署でもきちんと結果を出してきた。別に何が何でも次は生え抜きと決めていたわけではない。たまたま行内に優秀な人材がいたからで、そうでなければ生き残るためには大蔵省にお願いしてでも優秀な人材を派遣してもらっていた。

 もう1点どうしても聞きたかったのは実権のことだった。というのも当時、都市銀行では頭取より会長の方が実権を握っている例があったからだ。
 それに対しては「それは相談を受けることはありますよ。だが、会長就任とともに銀行のことには基本的にノータッチ」とのこと。とはいえ、それは表向きということはよくある。しかし、T氏の肩書は「会長」で代表取締役の文字はなかったし、ご本人も「代表権は返上しています」。

 もう一度まとめてみよう。
1.まず自らが頭取就任間もなく「次期頭取は生え抜きから」と行員に公言
  行員に希望とやる気が芽生える
2.後継者を育成するため、後継者候補に幾つもの部署を経験させている
3.早期にバトンタッチ
4.会長就任とともに代表権は放棄

 ポイントは後継者の育成をするかどうか、という点だろう。そのプロセスがなく、直系だから、成果を上げたからという点だけで後継者に任命すると、3代目が会社を潰したり、庇を貸して母屋を取られたりということになりかねないので、くれぐれもご用心を。

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