東北旅行で垣間見た頑張る企業(3)
〜奥入瀬渓流ホテル〜


レストランをエンターテインメントに

 次に感心したのが奥入瀬のホテル。ちょっと恥ずかしい話だが、出発前に「奥入瀬」が読めなかった。「おくいりせ?」「おくいらせ?」。結局、ネット検索して、やっと「おいらせ」と読むことが分かった。「おいらせ」という言葉は聞いたことがあったが、それがどんなところか、奥入瀬渓流がいかに有名なところかももちろん知らなかった。
 これは私の悪癖の一つと言っていいが、予習をあまりしない。事前に対象のことを詳しく調べない、行き当たりばったり、ぶっつけ本番的なところがある。そのため、事前にもっと調べておけばよかったと後悔することは多い。職業柄、こうした態度は誉められたものではないが、事前に相手のことが分かってしまうと取材時に新鮮な驚きや感動が少なくなり、疑問点の解消や補充取材のような形になり、熱が今ひとつ入らなくなるのが嫌で、事前情報収集は最低限に留めている。というと多少格好よく聞こえそうだが、要はズボラなだけである。

 それはともかく、奥入瀬渓流ホテルで感心したのは夕食のバイキング。最近はどこもかしこもバイキング料理なので、よほど珍しいものがあるか種類でも豊富でないと感動しない。むしろ気になるのは残った食材の処理で、世界には餓死している人数が多いのに日本はなんと食物をムダにしているのかという苦い思いの方だ。

奥入瀬渓流ホテル さて、奥入瀬渓流ホテルのバイキング料理の何に感心したのかといえば、人数と演出の仕方である。
 ホテルやレストランがバイキング方式にする理由の一つに人員の省力化がある。客は好きなものを自由に選んで、好きなだけ食べられるという満足感が得られる一方、施設側は少人数でホールの対応をすることができる。つまり施設側にとっては省力化(人件費削減)というメリットがあり、客の方は満足感が得られるというのがバイキング方式である。
 ところが奥入瀬渓流ホテルのレストランはこの方式に反しているように見えた。よそに比べて明らかにフロアに居る人数が多いのだ。もちろんフロア係が多いと、その分サービスが行き届くから客にとってはうれしいが、経営面から見れば経費増だろう。どこで帳尻を合わせているのかが気になる。といって、いきなり支配人その他に尋ねるわけにもいかないので、食事をしながらそれとなく彼女達の動きを見たり、料理を取りに何度かレストラン内を動き回って、あることに気付いた。

 人員が多いと感じたのは錯覚だったのだ。たしかにレストランのフロア内で仕事をしている人員は多いが、実際のフロア係はその半分近い数でしかなかった。
 仮にフロアの見える所で仕事をしている人を20人とすれば、そのうち実際のフロア係は半数程度なのだ。では、残りの半数はなにかといえば、彼らは本来、厨房内で仕事をしている調理人なのだが、厨房もろとも客に見える所に出てきて調理をしていたのである。

 もう少し具体的に説明すると、フロアのほぼ中央近くにサラダやフルーツ、デザートの島がそれぞれあり、サラダの所ではシェフなど2,3名が客の目の前で注文に応じて盛り付けているし、デザートの所でもパティシエが材料等の説明をしながら、やはり目の前で盛り付けている。さらにステーキや魚介のマリネ、朝食時にはオムレツ、目玉焼き、サバの塩焼きなども同じように目の前で調理するのだ。
 本来、こうした調理は厨房内で行い、出来上がったものをカウンターに並べて置くところが大半だろう。それを客の目の前で調理することで客は常に出来たての新鮮な、あるいはホットな料理を口にすることができる。さらに目の前で盛り付けるという演出効果が加わり、実際の味以上においしく食べることができるだろう。効果的な視覚・演出効果である。

 厨房や製造現場は客の目に触れないようにする、というのがいままでの一般的なやり方である。一方、客の方は作っているところを見たがる。調理しているところを見ることによって安心感が得られるのが一つ。もう一つはイベント、エンターテインメント効果である。奥入瀬渓流ホテルの方法はこれらをうまく取り入れていた。
 レストランは本来食事をする場である。「食事をする」という行為の中には「食べる」という行為だけでなく、「おいしく食べる」「食べることを楽しむ」ということが含まれている。そういう場を客に提供するためには作る側も楽しくなければならない。楽しく作るから楽しく食べられるのである。これは簡単なようで案外難しいが、奥入瀬渓流ホテルの場合はエンターテインメントという要素を取り入れることで、それを可能にしている。

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