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 変化に対応していくものが勝つ

 オリンピックが終わってからオリンピック絡みの話というのもなんだが、今回のオリンピックは色々と面白かった。
 男子100mで世界記録・金メダルを獲得したジャマイカの選手、ボルトの余裕ある走りも面白かったし、アシスタントの中国美女群にも目を奪われたが、興味深かったのは判定基準が変わったことと、それに対する反応だった。
 敗因をストライクゾーンや試合時間の違いなどに求めて言い訳をした野球、技の難易度が高得点に繋がり、2度ミスをしたにもかかわらず銀メダルを獲得した体操、1本勝ちにこだわった柔道と勝つことにこだわったJUDO等々。

「柔道」から「JUDO」、「ジャケット・レスリング」に

 なかでも対照的だったのが柔道の谷本歩美選手と石井慧(さとし)選手の試合ぶりだった。
 1本勝ちにこだわり、最後まで1本勝ちで勝利し、金メダルを獲得した谷本選手は見事というほかないが、それ以上に目を奪われたのは彼女の礼儀正しさだった。
 気付いた人も多いと思うが、ほとんどの選手は対戦が終わるとくるりと向きを変えて後ろに行き、退場前に再度向かい合って一礼をしているが、谷本選手は違った。
彼女は向かい合ったまま後ずさりをして一礼をするのだった。
この姿が1本勝ち以上に印象的で、「日本の柔道」の原点を見ている気がした。

 石井選手も1本勝ちで決勝まで進んだが、決勝戦は優勢を保ち、相手に指導が入るとそのまま逃げ切るように勝って、金メダルを獲得した。
 面白いのは石井選手本人の解説である。
「これが僕の柔道です。自分はスポーツやってないんで、戦いだと思ってるんで」
「決勝は結果だけ考えましたから。相手のいいところを出させないようにしようと考えてました。それが人間じゃないですか。見ている人はつまらないでしょうけど」

 勝利直後に喋る石井選手の言葉を聞いていたOBの解説者は「石井は喋らない方がいいな」と即座に苦言を呈していたが、恐らく直後、石井選手に箝口令が敷かれたのだろう。帰国後、彼のTV出演はなく、自由奔放な(講道館柔道からは外れた)彼の言葉を聞くことはできなかった。
それでも漏れ伝わってくる彼の言葉は実に面白かったし、面白いだけでなく、日本の柔道の今後を見据えていた。

「柔道はルールのあるけんかだと思っています。芸術性が大事なら採点競技をやればいいんです」
「まわりから何を言われようと、ヒールであろうと、自分を貫いてきた。それで勝てたんです。勝った人間が強いんです」
「メダルは家にない方がいい。メダルを持っていると自分を過信してしまうから」と金メダルを彼が尊敬する格闘家、小川直也(バルセロナ五輪で柔道銀メダリスト)主宰の小川道場に贈り、飾ってもらうことにしたとか、自由奔放な彼の言動は伝統的柔道をしてきた(している)連中には我慢ならないようだ。

「変化に対応していくものが勝つ」

 注目したいのは石井選手の次の言葉だ。
「変化に対応するかしないか。変化に対応していくものが勝つ、一番強いんです」

 いま日本の柔道界を取り巻く環境は非常に厳しい。
「柔道」は世界で孤立しているといっていい状態なのだ。
最初は柔道着の色で敗れた。
しかし、白一色から白と青になったお陰で勝敗が分かりやすくなったのは否めない。
次は国際柔道連盟に日本人理事がいなくなり、日本の考えを反映できない。

 なぜ、そうなったのか。
1つは日本が本家本元だという奢りだろう。
2つめは世界の流れに背を向け、日本柔道だけをやってきた。
結果、日本の柔道界が国際社会から孤立してしまった。

 北京オリンピックを見ていても分かるが、判定基準が変わってしまったのだ。
もはや日本の柔道のルールはスタンダードではなくなっている。
むしろ今後は日本が世界に合わせていかなければならない状態だ。
 すでに「柔道」は「JUDO」と表記され、講道館柔道とは別物になりつつある。
それどころか世界では「ジャケット・レスリング」とさえ呼ばれている。
柔道ではなくジャケットを着たレスリングなのだ。
だからタックルもありなのだ。

 井上康生や鈴木桂治の柔道ではなく、石井のJUDOが世界で勝つ理由がここにある。
しかも、石井選手はそのことをよく理解しており、確信犯なのだ。
だからこそ、「変化に対応していくものが勝つ」とうそぶくのだ。

海外市場に対応した企業が生き残れる

 視点をスポーツから経済、企業活動に変えれば、もっとよく分かる。
世界の潮流を無視して日本独自仕様にこだわり、国内市場だけを相手にしていたパソコン、携帯電話がどうなったのか。
日本の名だたるメーカーは共に世界市場では存在さえしていない。
携帯電話市場ではソニーが海外で若干のシェアを確保しているが、エリクソンとの合弁会社、ソニー・エリクソンであり、純粋に日本企業の頑張りとはいえない。
携帯事業ではNEC、パナソニックなどが海外市場を目指したが、両社ともに撤退の憂き目に合っている。

 国内市場だけでビジネスを行い、海外市場に対応していない企業は大手のみにとどまらず中小でも、現在厳しい環境に置かれているのが現状。
「変化に対応」していかないと、生き残れない時代である。
 広く情報を集めず、勉強も、改善も、対応もしなければ、会社の将来も「柔道」が置かれている状態と同じになる。
 もちろん、それはそれで狭い市場で生きていく道はあるだろう。
それとも、石井選手のように世界の動きを勉強し、それに対応したJUDOをするのか。

 最後に忘れてならないのは、石井選手は「自分が休むのは死んだ時」という程の練習の虫であり、そのことは誰もが認めているということだ。
企業に置き換えればたゆまぬ技術革新、改善の連続ということにほかならない。
 さて、あなたなら、どうする。


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