デル株式会社

 


N の 憂 鬱-18
〜我が心は石にあらず(1)


Kurino's Novel-18                    
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Nの憂鬱〜我が心は石にあらず
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▽我が心は石にあらず

 那賀根は筋金入りの活動家だった。車でたこ焼き販売をしているのも時間の自由がきくからで、彼が集会その他に出かけたりする時は奥さんが代わりに店を開け、たこ焼きを作って売っていた。
 彼女も古い共産党員だったみたいだが、そういう歴史を知らない人が2人を見ると仲の良いごく普通の夫婦と見えたに違いない。那賀根も話し方や顔付から活動家を想像させるものはまったくなく、「やさしいおじさん」そのものだった。それはN達と話す時もまったく変わらず、本当にこの人が古参の元共産党員だったのかと疑うほどだが、厳しく身を律する那賀根の生き方からNは無言の教えを受けていた。

 那賀根に限らず戦中を生きてきた世代は生き方に1本筋が通っていて、妙な妥協は一切ない。「我が心は石にあらず、転ずべからず」を通していた。
 ところが「戦争が終わって生まれた」世代以降にはそれがない。それは60年安保世代にも言えることだが、やはりインテリは軟弱で、考え方も借り物なところがあり、転石のごとく、その時代、時代に合わせて転がって行く。

 たしかにそれも生き方である。できることならNもそういう上手な生き方をしたかったし、流れに乗って転石しかけたこともあった。もともとが巨石ではなく小石。流れに乗って転がるのは簡単だし、転がっていると心地よい。意地を通して角を立てても仕方ない。「丸くなれ」と何度も諭された。そんな時「那賀根さんに胸を張って会えるのか」という思いが頭に浮かび、転がりかけた石をなんとか踏みとどめてきた。
「Nさん、あなたも皆と同じだったか」
 那賀根からそう言われるのだけは避けたい。そう考え、生きてきた。

 不器用と言われる。カッコつけている、と言われたこともある。そうかも知れない。だが、そうとしか生きていけない。カッコつけるなら最期までカッコつけて逝きたい。

 学生時代に仲がよく、当時ブントで活動していた友人がいる。親が日本を代表する某重工の役員だという話を当時聞いたことがあったが、直接本人に尋ねたわけではないから真偽の程は分からない。
 当時その友人は学生でありながら自動車に乗っていた。学生でありながら、というのは妙な言い方だが、当時の学生にそんな余裕がある者はいなかった。半数は生活のためにアルバイトをしているというのが一般的で、そういう中にあってオートバイでもなく自動車を持っている者など他にはいなかった。少なくともNが知る限り。だから親が某重工の役員と聞かされても納得できた。

 「お前は金持ちだな」。ある時、半ば冷やかし気味に築山に言ったことがあるが「なんてことはないよ、中古車だから」と軽く返された。
 自慢している風でも謙遜している風でもなく、あまりにもサラリとしていたので、自転車に乗るのも中古車に乗るのも同じなのかと相手に思わせるようなところがあり憎めなかった。

 卒業後も2人の交友関係は続いたが、まだ定年には遠い50代後半で築山は商社の機械部長を辞めて会社を起こした。超微粉砕機の販売・粉体の受託加工が事業内容だったが、時代の要請もあり着実に業績が伸びていた。
 気になったのは事業の好調さに比例するように築山の態度に変化が見られだしたことだ。

 商社勤めの頃までは「どうってことないよ」「余生だから」というのが彼の口癖だった。
 50代で「余生」はないだろうと思っていたが、築山に言わせれば、学生時代に燃焼してしまったから、今は「余生」を生きているみたいなものだということらしい。
 だからか、「一生懸命に働かなくてもいいんやで。仕事してもしなくても文句言われることはないよ。部長っても一人部長みたいなものやから」と、どこか人生を達観したようなところがあった。
 もちろん本当に「余生」を生きていたなら、商社の機械部長にまで上り詰めることなどできるわけはない。そうと分かりつつ、それでも築山の口から「どうってことないよ。余生だから」と言われれば、つい信じてしまいそうになる。そんな築山が好きだった。

 その築山の変化を最初に感じたのは東京で学生時代の友人達数人と食事をしている時だった。彼のケータイ電話が鳴った。先方の声は聞こえなかったが、築山の話し振りから相手は社内の人間のように思え、なにやら指示をして電話を切った。その時、時刻は午後8時を回っていた。
「おいおい、この時間に仕事の話か」
「うん、社員からだけど必ず連絡を入れさせてるんやで」
「連絡って、まだ仕事をしてるんか」
「そうやで。1日数回は必ず報告させてるんや。あいつらすぐサボりよるから」
「ふーん。お前、変わったな。仕事人間になったな」
「そらあ、自分の会社やからな。一生懸命にもなるで」
 この変わりようには驚いたが、分からぬでもなかった。誰でも自分の会社となれば目の色も変わり一生懸命になるだろうと。
                                   (2)に続く

 


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