N の 憂 鬱-23
〜名前をなくした日々の始まり(2)
学生寮に身をひそめる


 日付が変わり少し経った頃、全員帰された。署を出た後、何人かと連れ立って歩きながらNは帰る先を考えていた。といっても下宿以外に思い当たるところは付き合っていた彼女の所しかなかったが。
「君らはどうする?」
「僕は友達のところに行きます。さすがに下宿に戻るのはマズイでしょう。でも、友人はデモに参加したこともないからマークされていませんから安全だと思います」
 と一人はそう言い残してどこかへ消えて行った。
「そうか、下宿に戻るのはやっぱりマズイか。どうするかな」
「僕らは寮へ行きます。寮には知っている奴が何人もいますし、寮の中までは警察も入って来られませんから」
「俺は寮生で仲のいい奴はいないからな」
「大丈夫ですよ。一人ぐらいは泊まれる部屋がありますよ。一緒に行きましょう。それが安全ですよ。Nさんは逮捕状が出るのは間違いないですから」
 後輩の羽海野がそう言って誘ってくれたので、取り敢えず一時寮に身を潜めることにした。

▽学生寮に身をひそめる

 寮の居候生活は当初想像したよりは住みやすかった。学生寮だから色んな考えの寮生がいるし、中には民青や民青にシンパシーを感じる学生もいたが、それでも寮費値上げ反対や寮の待遇改善闘争などで共闘した仲間がまだ辛うじて主導権を握っていたため、寮生以外の部外者が「滞在」していることに表立って反対する声は大きくなかった。
 だからといっても、その環境にいつまでも甘えるわけにもいかないし、女子寮の方は民青シンパが主導権を握っていたから寮内であっても自由に動き回るわけにはいかず、行動範囲はある程度限られた。

 そんな生活も5日目になると慣れも出てきて、気や警戒心に緩みが見えてくる。「自転車を貸してくれない。ちょっと下宿に戻って着替えその他を取って来ようと思う」
 そう頼んだ相手は以前から親しい友人というほどではなく寮に潜んでから親しく言葉を交わすようになった友達だったが、快く貸してくれた。

 時刻は午後2時過ぎ。警戒心などまったくなく、久し振りに外界の空気を胸いっぱいに吸い込み、まるでハイキングにでも出かけるように軽やかにペダルを漕いで寮から500m程行った所で突然堤防の草むらから男が3人飛び出し進路を塞いだ。
「N君だね」
 彼らは自転車の前に立ち塞がりNに呼びかけた。
「逮捕状が出ているから」
 そう言いながらハンドルを押さえた。

 まさか、こんな所に潜んで待ち伏せしているなどと思わなかったNは自分のバカさ加減、警戒心のなさを思い知らされた。

                            (3)に続く


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